第九章:その4
結局子爵領での野盗騒ぎに関しても質問攻めに合った訳だが、そちらは包み隠さず知ってる限りのことを伝えた。
俺の知ってる範囲なんて大したことがないし、口止めもされていないので。
そして話を聞いた傭兵連中が一様に難しい顔になり、南部の情勢に関する難しい話を始めたことで俺は無事蚊帳の外になった。
貴族同士の関係だの情勢だのはまるでわからないので仕方がない。
代わりに話を振られたのは、一緒にいた少尉。
軍人だから詳しく知ってそうと思われたのだろう。
微妙に煩わしそうな顔をしていたのは振られたくない話題だからか、それ以前に他人と会話したくないためか。
正直後者なんじゃないかなと思う。
「めんどくさ」
ひとしきり話が終わったあと小声でそんなことを言ってたし、ほぼ確定じゃなかろうか。
少尉ってもしかしなくてもコミュ障なんだろうなと最近俺の中で話題になっている。
特定の人……というかアンナさん以外と話してるとこあんまり見ないし。
コミュ障で絶世の美女というのは俺的には全然推せる属性だけど。
尚「野盗をどうやって倒したか」については聞かれなかった。
そのためランス将軍の亡霊の話は傭兵連中にもしていない。
どうにも俺たちが普通に倒したと思われてるっぽい空気感だった。
まあ七不思議部には強いやつ多いからそう思われるのもやむなしと言ったところだろう。
”魔法の杖”さえあれば俺も強いし。
さておき、黒騎士の話は盛り上がりそうなので今度飲み会があったらそのときにでも……などと考えてその場は黙っていたのだが、その後しばらくそういった場が設けられることはなかった。
テスト期間、そうテスト期間が近づいてきたせいである。
皆その日が近づいてきているのを薄々感じてはいたのだろう、兆候自体は少しずつ出てきていた。
普段は決まった人しかいない学園や寮の自習スペースに見知らぬ顔が増えたり等だ。
ちなみに信じてもらえないかもしれないが、俺も自習スペースの常連である。
ただまあこういった兆候が明確な現象になったのは、教師の口から「ここテストに出るぞ」という言葉が放たれてから。
以降は皆微妙に口数が減り顔が強張り、余裕そうなことを言っている奴も、目がたまに泳ぐ。
そして自習スペースで本の山と格闘する子も露骨に増えた。
どのくらいかと言うと、常連の俺がスペースを確保できないとかいう哀しい事態が起こるほど。
普段は指定席みたいな使い方ができてたのに。
もはや懐かしい、郷愁すら覚えるソワソワした雰囲気。
俺はあまりにも久しぶりに、その空気感を味わっていた。
俺にもあったなあこんな時代……。
妙に老け込んでしまったが、今回に関しては俺も当事者である。
当たり前の話としてテスト勉強は俺もやらなければならないし、不安も覚える。
それでもおそらく、いや間違いなく俺は周りより余裕がある。
その理由としてはやはり、単位的に余裕があるというのは大きい。
”課外活動”でけっこうな単位をゲットしているため、多少ならばやらかしても進級はできそうという安心感がある。
貴族の子弟の中にはこのシステムを悪用して親族やその関係先で積極的に”課外活動”を行い、ほとんど勉強せずに進級卒業していく輩がそれなりの数いるらしい。
所謂出来の悪いボンボンというやつだ。
この話を聞いた時はさすがにげんなりしたが、俺たちはそいつらと違って後ろ指さされるようなことはしていない。
むしろ周囲も「大変だったな」とか「それは貰って当然だ」みたいな好意的な……いや同情的な反応が多いので胸を張って利用しようと思う。
そしてもう一つ、精神的に余裕がある理由としてはこちらの方が大きいのだが───勉強が楽しいのだ。
別に元来勉強が好きだったとかそういう事実はない。
むしろ元の世界では勉強もスポーツも嫌いな学生時代を送っていたと断言できる。
だがそんな俺でも、この世界の勉強は楽しいと思える。
実技も、座学も。
学んでいるのが主に魔法であるため感覚的にはゲーム攻略的な遊びの延長に近く、その上普段勉強を見てくれる少尉やアンナさんの教え方も上手い。
それらが合わさりやればやっただけ身に付いている実感が湧くため、モチベーションが尽きないどころか高め維持なのだ。
だから普段から自習スペースを使ってまで真面目に勉強するとかいう、非常にらしくないことまでやっている。
テスト勉強は直前にどれだけ詰め込んだかではなく日々どれだけ積み上げてきたか次第、みたいな昔聞いた言葉を今俺は、こんな年になってから実感している。
学生時代にこの感覚を持ちたかった……いや無理か。