第一章:その16
夜の砂漠を車列が走る。
車列を構成するのは大小様々なトラックと、その周囲を護衛する戦闘車両。
その数は「こんなにいたんだな」って思う程度には多い。
そしてその中で一際目立つのが、例の建造物みたいな巨大トラック。
その車体はあまりにも巨大すぎて、もはや目を引くを通り越して嫌でも目に入るレベルだ。
というか本当に動くんだなアレ、スピードもそれなりに出てるし。
燃費凄まじく悪そうだが、燃料は何使ってんだろう。
俺はその威容を後方、車列の隅を走るジープのような車の中から眺めている。
とりあえず近くは走りたくないな、と思う。
シンプルに威圧感があるし、巻き上げる砂煙の量がヤバい。
真後ろを走ったら何も見えないという確信がある。
まあ今は俺が運転してるわけではないし関係ないっちゃないのだが。
俺が座っているのは助手席で、運転席にいるのは少尉。
そして後部座席には、律儀に座ったポーズをしているベルガーン。
こいつは意識体だから物に触れないし、当然座れもしないはずなんだがどういう仕組みなんだろう。
まるでタクシーの怪談に出てくる様々な客の幽霊……よく考えたらあれも乗車の仕組みが謎だな。
一緒に移動する仕組みだけでも教えて欲しい。
「落ち着いた?」
不意に少尉がそんなことを聞いてきた。
運転に集中したまま、前を向いたままなのでそこはかとない適当さがあるが、少尉に気遣われたのは初めてではなかろうか。
出会ってこの方、この人にはだいたい笑われるか呆れられるかしてばかり。
適当でも嬉しいと思ってしまうのは末期かも知れない。
「一応は」
答えながら、まだ少し冷たい手を握ったり広げたりする。
まだ本調子とは行かないがだいぶマシにはなった。
何しろ戦闘直後の手はもっと冷たく、そして固まって動かなくなっていたのだから。
俺の極限破壊拳が“デーモン“を打ち砕き、奴が青黒い霧になって霧散した直後、魔獣の群れはまるで蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
親玉の”デーモン”が倒されたからか、それとも”デーモン”を倒すほど強い俺やその周りで暴れ回る少尉にビビったのか……逃げていった理由に関してはわからない。
まあそもそも意思疎通ができない以上わかりようがないんだが。
いずれにしてもそこで戦闘は終わった。
そして俺は、終わった後が大変だった。
オルフェーヴルとの同調を解除した俺は腰が抜けるわ過呼吸になるわ、もうなんというか大惨事だった。
喧嘩すら経験したことないのにいきなり命のやり取りをしたせいで、昂りすぎておかしくなったのだろう。
その症状が極度の緊張状態から解放されたことで一気に出たのかも知れない。
その後はなんやかんやあった後に現在のジープに乗せられて帰路につく運びとなった。
正直だいぶ記憶が曖昧だが、少尉や兵士たちにご迷惑をおかけした覚えはあるので後で改めてお礼を言っておこうと思う。
「砂漠を抜けるのはまだまだ先だし、少し寝たら」
「そうしたいのは山々なんだけど、興奮し過ぎて寝れる気が……」
だいぶ落ち着いたとは言え、今の俺はまだ興奮状態にある。
微妙に心臓の鼓動も早いし。
そのうち糸の切れた人形みたいに寝落ちする可能性は十分あるが、それは今ではない。
「というか寝せる気ないでしょ?」
あと致命的な問題として、車内環境がどう考えても睡眠に向いていない。
温度とかの話ではない、そこはむしろ快適だ。
問題はBGM、車内で流れているのはめちゃくちゃハードなロック……今デスボ聞こえたし、もしかしたらこれメタルかもしれない。
よくこれ流しながら「落ち着いた?」とか聞けたな。
どう考えてもアガりたい時に流す音楽じゃねえか。
「今流れてるの、“子守唄“って曲だけど」
「意外に思うかもしれないが、俺はそういう話をしてるんじゃないんだ」
タイトルが“子守唄“だとしてもこの曲で子供は寝ないだろう。
息の根を止める話でもしてんのか。
「まあ私はキミが寝ようが寝まいがどうでもいいんだけど」
「あまりにも冷たい」
気付けば少尉は通常運転に戻っていた。
もう少し優しさを味わいたかったな……あんまり優しくなされてない気もするが。
そしてそれっきり車内には沈黙が流れた。
いやまあやかましい音楽だけは流れ続けてんだけど。
俺の方には話題がないので少尉が黙れば会話はなくなる。
ベルガーンは車という文明の利器に興味津々でそれどころではない。
さっきは車の床に頭突っ込んでシャーシの裏側見ようとしてたけど、見えたんだろうか。
たぶん砂煙で見えなかったんじゃないかって予想と、お前もう少し威厳とか気にしろよというツッコミが俺の中でせめぎ合う。
何か後部座席でモゾモゾしているベルガーンの奇行を見るのも暇つぶしとしてはアリなのかも知れないが、そちらを振り向くのが疲れそうなのでやめておこう。
あまりにも暇なので戦闘後……車が走り出してからしばらく後に少尉と交わした会話を思い返す。
殿として残った兵士たちの中からは、幸いにも死者は出なかったらしい。
負傷者は相応に出たようだが、そこまで深刻な……命に関わるような重い怪我をした者はいないとのことである。
「調子に乗りそうだから言いたくないんだけど、キミのおかげだね」
「前置きいらなくない?」
こちらがその際に少尉からいただいた感謝の言葉である。
ほんと前置きなしで言ってくれないかなこれ。
もしくは録音データをくれ、編集で切り取りたい。
「それはそれとしてキミはあの場面逃げるべきだったけど」
なお、ついでに小言も頂戴している。
これに関しては俺も平謝り。
想定される最悪なパターン「俺も少尉たちも共倒れに」になっていた可能性も十分あるし、もしそうなっていたら少尉たちは完全に無駄死に。
だからこそ結果オーライでお咎めなし、というわけにはいかない。
これは俺自身しっかりと反省しなければならない部分だ。
「そういえばキミ、勢い余って私に体当たりしそうになってなかった?」
「えっ」
突然の少尉の言葉で、俺の思考は現在へと引き戻された。
暖房が効いているはずの車内の気温が、心なしか下がったような気がする。
というかまるでふと思い出したかのような口ぶりだが、これは絶対に言おうと決めていた奴だよな。
『だからやめろと言ったのだ』
そしてここでまさかのベルガーン参戦である。
余計なことを言うな、お前は車を気にしてろ。
「……どういうことか詳しく」
ほら少尉が食いついた。
今すぐに逃げたい。
でも逃げ場、ないんだよなあ。
ベルガーンの説明と、それに対する少尉の相槌。
そして激しさを増すロックンロール。
それらをどこか遠くの出来事のように感じながら、俺は妙に重たくなりはじめたまぶたをゆっくりと閉じた。
これにて第一章終了です。
正直言いましてこれほど多くの方に見ていただけるとは思っても見ませんでした。
本当にありがとうございます。
のんびり執筆を続けておりますので、第二章が書きあがり次第また投稿させていただきます。
良ければまたよろしくお願いいたします。