第九章:その2
「皆さん夏休みはどうするんスか?」
ヘンリーくんの言う夏休みとは俺の世界の夏休みとそのまま同じ、学期間の長期休暇である。
家の都合との兼ね合いやシンプルに長く休みたいという理由で余分に休みを取る者、逆に研究や訓練のために休みを減らしたり取らなかったりする者もいるため人によってまちまちだが、期間はおよそ一ヶ月。
そんな学生的には待ち遠しいであろう長期休暇が期末試験のあとに待っているのだが、なんというか俺は特にそこまで待ち遠しいと思わない。
決して休みがいらないとかそういうわけではない、問題はまとまった休みをもらったところですることが何もないことだ。
多くの学生は夏休み中実家に帰ったり旅行に行ったり働きに出たりと、することがちゃんとある。
対して俺は全く無い、休み中部屋でぐうたらしている姿以外を想像することすらできない。
帰る家も旅行に行く金も働き口も、何もかもないのだからどうしようもないだろう。
オレアンダーに頼めばもしかすると旅行に行く金は出してもらえるかもしれないが、さすがにそれは気がひけるというかそんな芸当ができるほど俺の面の皮は厚くない。
今回の七不思議部の旅費が軍事費から出てると知って固まった程度には小市民だ。
いやこれは小市民じゃなくても固まるか。
まあこの機会に働き口を探すのはありかも知れないな、とは思う。
他人の金で生活するのに慣れきってしまうとあとが怖いので、そろそろ自分の金を稼ぐべき時期が来ている気がするし。
「それなのですが、皆さんの都合が良ければ七不思議部で旅をいたしません?」
そんな風にぼんやりと想いを巡らせていた時、ウェンディが突拍子もない事を言い出した。
「え、良いですねそれ!」
そしてメアリがノータイムでそれに乗る。
俺は困惑した。
長期休暇中に仲の良いグループで集まって旅行をするというのは、俺の世界では別に珍しい話ではない。
だがここは異世界で、彼女らは貴族だ。
貴族という層は、長期休暇だからといって遊んだりぐうたらしているイメージは全くない。
むしろ長期休暇だからこそ、家の手伝いやら付き合いやらやることがたくさんありそうな印象があるんだが。
「お前ら家のこととか大丈夫───」
「大丈夫ですわ」
「大丈夫!」
一応聞いてみたところ、二人からは食い気味に返事が返ってきた。
こうも力強く断言されると「そ、そうか」以外にコメントのしようがない。
本当に大丈夫なんだろうかという不安は全く消えないが。
特に家に対して何の確認も取ってないであろうメアリ。
「自分も休み中ずっと訓練する予定だったんで大丈夫ッスけど、どこに行くんスか?」
そしてヘンリーくんからも大丈夫という回答。
というか彼らしいといえばらしい予定だが、次男とはいえ息子が家に帰らず訓練するつもりってそれでいいのか伯爵家。
超絶放任主義なんだろうか、それとも家族がうまくいってないとかだろうか。
後者だったら不憫なので、あとでそれとなく聞いてみよう。
「ちょうど各地でお祭りがある時期でしょう?七不思議部としてそれを回ってみるのも面白いのではないかと思いまして」
なるほどな、と思う。
お祭りというものの中には、俺の世界ですら奇祭などと呼ばれる珍奇な代物が多々存在している。
パッと思い浮かぶ有名なものとしては、海外のものだが牛追い祭りとかトマト祭りとか。
確か日本にも変なのがいくつもあったと記憶している。
男性器をお神輿にしたやつとか。
ウェンディの口ぶりからするに、この世界にもそういう奇祭が当然あるのだろう。
何ならファンタジーな分この世界のほうが凄いかも知れない。
それを観て回るというのは、七不思議部の活動としては大いにアリなように感じる。
何より楽しそうだし。
「お前らが行くなら俺も行きたいな」
そういうわけで俺も賛同することにした。
貴族連中のスケジュールに関しては大いに不安だが、本人たちが大丈夫だと言っているのだからそれ以上ツッコみようがない。
旅費に関しては……オレアンダーに頼んでみるか。
やはり気が引けるもんは引けるが、ウェンディやメアリの財布に頼るよりは罪悪感が少ない。
あとまあ正直、行きたいし。
「では決まりですわね」
「イェーイ」
なにはともあれ俺が賛同したことにより全会一致、七不思議部は夏休みを利用して旅をすることとなった。
ウェンディとメアリが嬉しそうに手を叩いている。
友人と遠出するというのは何歳になっても楽しいものだ。
俺も学生の頃は修学旅行とかを楽しみにしていた記憶がある。
……俺の歳で七不思議部の面々を友人と言い張っていいかどうかについては、若干自信がないが。