第八章:帝国の或る平穏な一日
私の名前はウィンストン・ローレル。
名門ローレル公爵家の当主であり、現在は帝国の宰相も務めているとても偉い男である。
我が帝国には私を含め多くの貴族がいる。
そして各貴族が主義主張の一致や利害関係などで固まったグループ、所謂派閥というやつも当然のように存在する。
大きいもの、代表的なものをいくつか挙げよう。
オーモンド公爵家を中心とした北部閥。
サウスゲイト公爵家を中心とした南部閥。
帝国西部、比較的歴史の浅い貴族たちがまとまった西部閥。
三派閥の特に大きな違いは軍との関わり。
北部閥は融和的、南部閥は「非常に」とつけていいほど折り合いが悪く、西部閥に関しては軍人あがりの貴族が多いせいで逆に繋がりが強すぎる、といった具合だ。
他にも小規模な派閥がいくつもあったり、ヨークシャー辺境伯家のようにどこにも属さず好き勝手やっている家もあったりするが、貴族たちの関係や動向を語る場合おおよそこの三派閥に関する知識があれば足りる。
それ程に規模も力も大きいのだ。
ちなみに我がローレル家は旧来の縁故に基づく小規模派閥を運営している。
三派閥の盟主どもに比べればさすがに力は弱いが、それでも相応の発言力を維持できているのは先代たちの帝国に対する尽力と貢献によるもの。
そこに思いを馳せれば自然と感謝の気持ちが湧き、同時に恥じる行動はすまいと身が引き締まる。
さて、そんな三大派閥の一つである南部閥で問題が起こった。
正確には露見した、と言うべきかもしれない。
各々が軍を抱えている都合上、帝国貴族の関係は国同士の同盟関係に近いものになることが多々ある。
そして南部閥は帝国軍との折り合いが悪いため、特にその傾向が強い。
帝国軍に頼らずとも南部の問題を解決できる巨大軍事同盟、南部閥の繋がりは本人たちがそう公言して憚らない程強い。
そしてその評価は外部から見ても同じであり、他派閥の貴族や帝国軍の中にはその危険性を懸念する声もある。
とはいえそこに手を入れる根拠となる何かがあるわけでもなく、放置されたままその規模は肥大化し続けていた。
そんな中で起こった南部ドブソン子爵領での野盗騒ぎ。
仮に子爵個人が対処しきれずとも、普段ならば南部閥の団結力によって即解決していたであろう事案がおよそ一週間放置隠蔽されていたのだ。
まず子爵が討伐に失敗、その後周辺貴族からの救援もなく……という流れであったらしいが、まさしく異常としか言いようがない。
原因に関しては噂レベルだが心当たりがある。
サウスゲイト公爵家の長男が再起不能になったことによって当主が心を病み、しかも後継者争いまで水面下で始まったせいで公爵家が機能不全に陥っているとそんな噂だ。
まずサウスゲイト公爵がここのところ公の場に姿を現さないというのがこの噂が広まったきっかけなのだが、今回の一件を見る限りどうも真実のような気がしてならない。
これならば他の貴族たちが動くに動けない理由にもなる。
指針を示すべき盟主の不在により、横の繋がりが機能不全に陥ってしまっているのだ。
このあたりは帝国のためにも、速やかに調査し解決しなくてはならない。
野盗騒ぎは実のところの不安定化工作ではないか、という懸念も報告書に記されている以上なおさらだ。
「それにしても……」
私はげんなりした顔でもう一つの報告書に目を移す。
書かれているのは一見すると本件と関係がない、「エドガー・ランス将軍の亡霊」などと呼ばれる謎の”ワンド”に関する情報。
正直なところ内容も少なく薄い、珍しい魔獣の目撃報告と何ら変わらない報告書である。
ランス将軍か人気のある歴史上の人物というのは間違いなく、不確かとはいえ彼に関する新発見があったとなれば多くの歴史学者たちが飛びつくだろう。
しかもそれが突如現れ野盗を屠ったとなれば、多くの作家たちもまた飛びつくだろう。
そう、事態を解決したのは他でもない正体不明のこの亡霊。
それがこれら二つの、関係などなさそうな報告書が私の前に存在する理由である。
とはいえ私をげんなりさせたのはそこではない。
亡霊に関しては、もし本当にランス将軍だとするならば、未だに帝国を守ってくださっているという事実に心が震えるほど感動する。
問題があるのはその発見者。
まず報告を上げてきたのは帝国軍情報部の”闇の森”を攻略した部隊である。
そして何でそんな連中が子爵領にいたんだと調べた結果出てきたのは───そこに異世界人がいたという事実。
アーカニア魔導学園七不思議部という、これまた”闇の森”攻略に貢献した学生たち
その引率のために部隊はそこにいたのだ。
学生たちと帝国軍、あるいはこの部隊の間にどんな関係があるのかはわからない。
だがその七不思議部なる集団のメンバーについては調べたので知っている。
帝国の建国にも寄与した旧い名門にして北部閥の盟主、そして帝国屈指の経済力を誇るオーモンド公爵の娘。
各派閥とは距離を置きながらも確固たる影響力を保持する”北辺の壁”ヨークシャー辺境伯の娘。
南部と西部の中間で上手く立ち回り、蛇だの狐だのと揶揄される狡猾な政治家ウォルコット伯爵の次男。
このように「何でこんなメンバーが集まった」と言いたくなるような有力貴族の子女たちの中に異世界人が混じった、実に摩訶不思議な集団。
ちなみに名簿の中にセラフィーナ・モントゴメリーという、私が生まれる前に亡くなった伝説の才女の名前があったのが私的にはホラーだ。
ともあれ要するに、また異世界人の行き先で問題事が起こったのだ。
解決までがワンセットなので文句は言い難くむしろ感謝すべきなのかもしれないが、こうも続くと一言言いたくなるのが人情というものだろう。
「次は何だ……?」
天を仰ぐ。
もう今後も何かしらが起こるのは確定事項だろう。
あとはもう私の想像の範疇の出来事であってほしいと思うばかりだ。