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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第八章:一般人男性、亡霊を探す。
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第八章:皇帝と騎士

そしてもう一度夜が更ける。

安堵と歓喜、子爵領が久しぶりに明るい感情で満たされた一日が終わろうとしている。


そしてそんな感情、あるいは喧騒から遠く離れた山の中。

ウェルベック砦跡へと続く整備された山道を一人の女が歩いていた。


メイド服に、白い仮面。

山道を出歩くには……というより、もはやどういった状況になら溶け込めるのかと問いたくなるほどに”浮いた”出で立ちの人物。

彼女は本来こんな時間にこのような場所を一人で歩いていいような立場の人物ではない。


女帝クローディア・アイアンハート。


現在の彼女の出で立ちからその正体を連想することは不可能に近い。

正解を聞いたところでそれを信じる者がどれだけいるのか。

日常的に女帝に接する立場の人間のように女帝の性格を理解している者ならば納得はするかもしれないが、それくらいのものだ。


そんな女帝が歩き目指す先は小さな山の頂。

そこにあるウェルベック砦跡は帝国の貴重な史跡であり観光名所である。

拡大期の帝国を守った要衝、多くの戦士たちが戦い散っていった戦場も今や昔。

ほぼ原型を留めた形で現存していた砦跡は幾度かの保全工事と改築工事を経て、商店や食堂なども併設された観光地へと生まれ変わった。

史跡としての価値だけでなく、そこから領内で最も大きな湖を一望できるロケーションも相まって観光スポットとしてとても人気のある場所だ。


しかし今はそんな場所も、野盗騒動の影響で閉鎖されているため人の気配はない。

事件が解決した以上じきに開放されるだろうが、今はまだ建物の入口も全て厳重に施錠されたまま。


だが女帝はそんな場所に用はないとばかりに夜の風を感じながら悠々と史跡内を歩く。

そしてしばらく後に彼女が足を止めたのは、砦内の一角に建てられた石碑の前。


そこに書かれているのは数多くの名前と「戦火が消えても、彼らの勇気の炎は我々の中で消えず」という文言。

それは、この地で奮戦し命を散らした帝国軍の兵士たちのための慰霊碑であった。


「いつまで働く気じゃ」


しばしの間沈黙とともにそれをじっと眺めていた女帝が、不意に口を開く。

誰かに話しかけるような口調と声音。


その対象は、背後にいた。

だが果たしていつから居たというのだろう。


野盗騒ぎの最中突如として現れ、野盗たちを屠りそして消えた黒い騎士のような”ワンド”。

それがまるで臣下がする礼のように跪き、頭を垂れている。


その”ワンド”が何者であるかを女帝は知っている。


本来の同調者はかつて彼女に仕えた騎士。

彼の死の間際に現れ、そして今に至るまで無人で在り続けている不可思議な存在。


”エドガー・ランスの亡霊”と、そう呼ばれる黒騎士。


「死してなお帝国のため、妾のため働くというのは嬉しさより先に呆れが来る」


女帝は語りかける。

中に誰もいないはずの黒騎士に向け、当たり前のように知己に向けた口調で。

まるでそこにいるのは本人であると確信しているかのように。


対する黒騎士は言葉を返さない、ただ沈黙で応えるのみ。

だがそれでも構わぬとばかりに、女帝は言葉を続ける。


「どれだけ時が流れたと思っておるのじゃ」


黒騎士が”生きた”時代は遥か昔。

それも長命種たるエルフですら世代を跨ぐほどの、だ。

人間ならば果たしてどれだけの世代を重ねただろう。

エドガー・ランスという人物のことは知識としてなら帝国中の者が知っているが、もはやその実像を知る者はほぼいないと言っていい。

永い時を生き、顔と名前どころか性別すらも変えながら帝国の頂点に在り続ける女帝くらいのものだろう。


「昔から言っておったであろう、いい加減他人に任せることを覚えよと」


女帝が異世界人たちと共に子爵領に来たのは、黒騎士に会うためである。

かねてから存在が噂されていた、かつての忠臣の名で呼ばれる亡霊。

その正体を見極められればという思いが彼女にはあったが……なるほどどうして、そこに居たのは間違いなく本人であると確信できる存在。

何故、どうやってという疑問はあれど、それは些事と切り捨てる。


「よもや妾の命尽きるまで在り続ける、などとは言うまいな」


生前の黒騎士は、女帝の秘密を知っていた。


───帝国の始まりからずっと姿を変え名を変え、皇帝で在り続けるドラゴン。


そんな正体を知って尚、忠義を捧げ続けたのが黒騎士である。


それ故に女帝も彼を信頼した。

そしてそれは今でも変わらない。


「……否定せんのか」


黒騎士は相変わらず静かに跪くのみだが、それがまさしく女帝の言葉を肯定する行動に見えた。


───この身がある限り。


それはかつて女帝が黒騎士から、剣とともに捧げられた言葉。

既に”身”はない。

亡骸は墓の下に埋葬され、それも既に土に還ったろう。


それでも自分はここに居ると、黒騎士はそう言っている。


女帝は、そんな気がした。


「全く、らしくない」


苦虫を噛み潰したような顔でそう評した対象は、果たして黒騎士か自分自身か。


「ならばいくらでも使ってやる故、励むが良い」


大きなため息の後の宣言。

それに黒騎士はさらに頭を下げて応える。


その身が在りし日、人ならざる皇帝に剣と忠義を捧げた時と同じように。


これにて第八章は終了となります。

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仮面はともかく何故こんな所でまでメイド服なんですか陛下…
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