ウィリアム・ロンズデイルとゴールド兄弟
騒がしかった夜が明け、そして昼を過ぎた頃。
襲撃のあった村にて部下たちと合流し、子爵軍への引き継ぎをようやく終えた指揮官は報告書をまとめながら端末と向かい合っていた。
「付いていけば良かったね兄さん」
「そうだな弟よ、残念だ」
画面の中、通信回線の向こうには心底残念そうな表情を浮かべる双子の獣人の姿。
今回の学生たち……七不思議部の活動に、双子の獣人は同行しなかった。
指揮官も一応誘いはしたものの断られたという形だ。
とはいえ彼らのような研究者に今回の目的、「エドガー・ランス将軍の亡霊」などという微妙極まるオカルトに興味を持てという方が無理な話だろう。
実際他ならぬ指揮官自身がそこに対してはさしたる興味を抱いていなかったのだから。
それでも本件に同行したのは彼にとって大きな功績となった”闇の森”攻略への協力に対する礼として、そして王宮から「彼らにも」と賜った車両を見せるため。
同行する兵士たちにも「休暇のようなものと思え」と伝えていた程度には気軽な案件として扱っていた。
だが蓋を開けてみれば、結局今回もとんでもない大事が待っていた。
軍にまで情報が届いていなかった子爵領での野盗騒ぎ。
実際に遭遇し、詳細を聞いた時はよく一週間も情報をひた隠しにできたものだと感心した程だ。
指揮官からすれば突然降って湧いた根回しや後始末など面倒としか評価しようのない出来事だったが、双子の獣人が残念がっているのはそれではない。
「正体不明の”ワンド”はそんなに面白い存在なのか?」
突如出現し、圧倒的な戦闘力を見せつけて消えた黒い騎士のような”ワンド”。
その姿を指揮官は見ていない、部下たちから話を聞いただけ。
興味深いと思える事柄ではあったが、それ以上に得体が知れなさすぎるために報告としてまとめるのが面倒だと感じた。
そこで双子の獣人に助言を求めようとしたところ、予想外な反応が返ってきたという流れだ。
「面白い存在どころじゃないよ」
「歴史家が大喜びするだろうな」
何故そこで歴史家が出てくるのかと首を傾げつつも、指揮官は彼らの話に耳を傾ける。
「エドガー・ランスの死に関しては諸説ある、まず奮戦して死んだという説」
「そして最後の戦いでは一切戦場に立てぬまま病死したという説だ」
「後者は初耳だな」
エドガー・ランス将軍という英雄の最期は、場所や死に様の差異や脚色はあれどおおよそ「奮戦し死んだ」という扱いがなされている。
これは帝国のみならず敵国の史料にも将軍の活躍を示す記述が豊富に存在しているからだ。
これを否定する根拠はないと言ってしまっても過言ではない充実ぶりなのだが、そんな中で唯一それを真っ向から否定するような史料が存在する。
彼に長く仕え、最期を看取ったとされる従者が書き残した日記である。
後年発見されたその日記に記されていたのは従者が将軍の下で過ごした日々。
その中には日常だけでなく将軍が参加した数々の戦いが従者視点で語られており、将軍の人柄や言動を知りうる史料として発見が喜ばれたのだが───そこにあった将軍最後の戦いに関する記述は、歴史学者たちをひどく困惑させた。
───皆が主を讃えている。
───戦の先頭に立ち皆を導いたと、そう言っている。
───だが主はそもそも戦場にすら行っていない。
───肝心な時に役に立てぬ無念を悔い、そして亡くなった。
───幻を見たのは彼らか、それとも私の方か。
そこに将軍の活躍を示唆する記述は何もない。
むしろ病魔に冒され戦えぬ無念を嘆く主と、それを慰める従者の哀しいやり取りが切々と記されている。
最後の地とされているウェルベック砦にすら到達することが叶わなかった、と。
歴史学者たちはこの記述を否定しようとして、失敗した。
最後の戦いにおける将軍の言動や生身での行動の記録が一切存在しなかったのだ。
ほとんどが戦場における”ワンド”の活動であり、残りは不確かな伝聞。
むしろその点に関してはこの日記が唯一無二、という有様だったのだ。
「「ではもしこれが正しいとするならば戦場にいた者は誰だ、という話になった」」
一時は影武者説や別人説も出たがいずれも根拠は乏しいを通り越して存在しないと言っていい。
身の丈程はある長剣を軽々と振り回し、類稀な剣技でもって暴れ回る黒騎士。
そんな者は帝国のみならず周辺国にも二人といない。
それ程にエドガー・ランスという武人の力量は圧倒的だった。
そのためこの従者の日記は、事実上存在が棚上げされている。
現在に至るまで、ずっと。
「「同調者のいない”ワンド”が勝手に動いていたというなら、全てに説明がついてしまう」」
今回現れた黒騎士が将軍のものと同じ”ワンド”であれば、あとはそんなことが起こりうるのかという歴史学とは関係のない議論だけが残る。
そしてそこは、双子の獣人にとっても興味深い分野の話。
「首に縄をつけてでもお前たちを連れてくるべきだったな」
そしてこれからこの件についての説明を求められる指揮官にとっては全くの専門外。
また学者たちの相手か、と苦笑する。
同時に事件の報告自体もかなり厄介だ。
むしろ軍人、特に情報部員としての本命はこちら。
指揮官の予想では今回はただの野盗騒ぎではなく、不安定化工作の類。
対象は子爵領か南部閥か帝国全体か、仕掛けてきたのは他国か内部か。
そしてこれで終わりか計画の途上か。
考えなければならないこと、調べなければならないことが突然山のように増えた。
「”死の砂漠”からこの方、こういうことばかり起こる」
───面倒事を呼び寄せているのは自分か、それとも彼か。
浮かぶのはきっと今は呑気に眠っているであろう異世界人の顔。
この縁は果たして良縁か悪縁か。
今の指揮官には結論を出せそうにもなかった。