第八章:その24
黒騎士が三体の”魔法の杖”を秒殺したあと起こったイベントは何もない。
本当に何もない。
まず黒騎士は”鬼”を一刀の下に両断してすぐにいなくなってしまった。
あいつの身体に時折走っていたノイズ、それの酷いバージョンが来て全体像がひどく歪んだと思ったらそのまま霧散するように消えてしまったのだ。
まるでもともとそこには何もいなかったみたいな消え方……と言いたいところだが、あれをそういう扱いにしてやるのは無理だ。
なんせインパクトが強すぎる。
後に残されたのは呆然となった俺たちと戦意を完全喪失した野盗たち、あとは”アームド”の残骸。
”魔法の杖”に同調していた野盗も気は失っていたが死んではいなかった。
あんなガッツリ斬られて死ななかったというのは割と驚きである。
今はそいつらをロンズデイルの部下たちと子爵軍の連中が協力して縛っているところだ。
俺と少尉も戦闘は終了したと判断し、同調を解除したところ。
とりあえずお疲れ様でした、俺は特に何もしてないけど。
「何だったんだ、アレ」
誰にともなく呟いた問いに対する答えは返ってこない。
リプライゼロ、リポストゼロ、いいねゼロ。
主語がないから当たり前だろと言われたらそうかもしれない。
というか結局最後まで敵か味方かすらわからずじまいだったんだよな黒騎士。
とりあえず敵の敵だったのは確定だが、俺たちを攻撃しなかったというだけで味方扱いは違うだろうし。
「もしかしたら、なんスけど」
などと考えていたら意外な人物からの返信があった、ヘンリーくんである。
ちなみに彼はなんか妙にソワソワしている……というか彼にしてはテンションが高いような気がするんだが気のせいだろうか。
「あれがエドガー・ランス将軍の亡霊だったんじゃないかと思うッス」
いつもより微妙に高い声と早い口調で語られたヘンリーくんの推測は、かなり具体的だった。
まず身の丈程もある長剣を軽々と振り回す黒い騎士のような見た目。
それが歴史書などに記されたエドガー・ランスの”魔法の杖”そのままなのだという。
次にその凄まじい剣技と、通常の”魔法の杖”や魔獣ではあり得ない謎の消え方をしたこと。
これらが相まって、一応もしかしたらと前置きはしたもののヘンリーくん的にはもう確定的なのだろう。
必死に隠そうとはしているが隠しきれないテンションの暴走がなんとも可愛らしい。
さておきまさかの七不思議部、本来の目的達成という予想だ。
将軍の亡霊というからてっきり夜の砦をうろつく、脚のない半透明の人影くらいを想像してたんだが。
実際はガッツリ存在してガッツリ戦える”魔法の杖”のことでしたとか言われてもけっこう困る。
とはいえそれを否定する要素もないというか……むしろそれで筋が通ってしまうのがなおのこと困る。
メアリとウェンディも困った顔を見合わせているので、俺と似たような感想なのではなかろうか。
「どう思う?」
『何についてか明確に指定しろ』
困った時のベルガーン、というノリで水を向けたら切って捨てられた。
すいませんまた主語が抜けましたね。
というかこれで通じるほうが奇跡だな。
「”魔法の杖”の亡霊ってのはあり得るのか?」
一応”魔法の杖”に関して同調しなければ勝手に動くことはないと教わったし、実際無人で動いてる奴は見たことも聞いたこともない。
ただ見たことがないとかそういう話をするなら今回の黒騎士のように時折身体にノイズが走ったり、霧散するように消える奴も初見だ。
ダメージを食らうと”魔法の杖”は白い煙、魔獣や”デーモン”は青黒い煙がダメージエフェクト的に出る。
そして許容量を突破するとそのまんま消えたりもするが、黒騎士のやつはそういうことは全然違った。
何の痕跡も残さず消え去ったとしか言いようがない。
『余とてそのようなものは見たことがない、だが存在を否定することはできぬ』
ベルガーンの回答は、はっきりと断言するようなものではない。
『魔獣も”ワンド”も成り立ちが変わらぬ以上、魔獣同様勝手に動く”ワンド”が誕生することもあるやも知れん』
魔獣も”魔法の杖”も、魔石に魔力が流れ込んで生まれるというのは全く同じ。
違いは自然にか人為的にか、という方法論のみ。
そしてその違いが何故同調の要不要に繋がるのかは、ベルガーンの時代から今に至るまでわかっていないらしい。
『余もあれの正体には興味がある』
そりゃあ興味も湧くだろうなってのが率直な感想だが、ベルガーンでわからないものを答えられる者などいるのだろうか。