第八章:その23
ずっと遠くで聞こえていた銃声が突然爆音になったのはついさっきのこと。
マジでビクッとした、突然暴走族の集会が始まったのかと思ったくらいだ。
いやこの世界に暴走族いるのか知らんけども。
『あれは”ワンド”……”アームド”などと呼ばれている奴か』
暗かったり家や木々が邪魔だったり、そもそも遠かったりで俺には見えないが、どうもベルガーンには状況が見えていたらしい。
「一体?」
『二体いるようだ』
「それは不味いね」
ベルガーンに状況を確認した少尉は、とても渋い顔をした。
”アームド”というのは”ワンド”に外付けの装備を施した代物だ。
俺が見たことあるのは帝都の入口にいた明らかに儀礼用の装備を着込んだ騎士風の奴と、”死の砂漠”に来ていた銃などで武装した奴。
聞こえるのが銃声なので、ここにいるのは後者のタイプ……ガチなやつだろう。
”死の砂漠”では相手が巨大魔獣だらけだったこともあってやられメカ感があった”アームド”だが、相手が人間なら話は完全に変わってくる。
巨大魔獣の攻撃でふっ飛ばされても大してダメージの入らない重装甲に、それはもう銃じゃなくて砲だろと言いたくなるサイズの火器。
恐らく戦車と対峙するのと変わらないのではなかろうか。
俺自身”魔法の杖”で人を相手にしたことがあるが、あの時は調子に乗って「見ろ、まるでゴミのようだ」と言いたくなった程度には負ける気がしなかった。
「助けに行ったほうがいいよな」
「そうだろうね」
少尉の顔に若干ながら焦りが混じっているような気がする。
避難誘導はまだ終わってないが、どうもそれどころではないらしい。
まあ既に戦場になっている北エリア近くの住人への声かけは終わってるし、そもそも家を訪ねてももう自発的に避難した後というケースも多くなってきた。
残りはメアリや子爵軍の兵士たちに任せてあちらの援護に行ったほうが良さそうだ。
「よし、行くか」
魔石に魔力を込め、オルフェーヴルを召喚する。
正直俺に活躍の場……この表現は不謹慎かも知れんが、それがあるとは思ってもみなかった。
アンナさんもウェンディもヘンリーくんも、ロンズデイルの部下たちも強いので大丈夫だろうとついさっきまでは思っていたのだ。
今は「無事でいてくれよ」という気持ちが強い。
本当に、心から。
そんなことを考えながら、少しだけ焦りながら行った召喚と同調だったがつつがなく終了。
もはや慣れたもんである。
隣にいる白銀の騎士───少尉に目配せして俺は空へと飛び上がる。
北の入口までは少し距離があるが所詮は村、空を飛んでいけば一分もかからず到着できるだろう。
『一体、いや二体増えたようだが……』
ベルガーンの言葉に「不味いじゃねえか」と言おうとして気付く。
こいつにしては珍しく、奥歯に物が挟まったような言い方だということに。
『どうも様子がおかしい』
これもそうだ。
こいつが何かを言う時、不確かなことはほとんど言わない。
今回のようなケースなら『こうこうこういう状況だ』と言ってくるのが通常。
先程まで抱いていたものとは違う、得体の知れない不安が心の中に生まれる。
急ぎ状況を確認しようと向かった俺が目にしたのは───なるほど確かに、様子がおかしいとしか言いようのない状況だった。
遠巻きに見える”魔法の杖”の数は四体、これに関してはベルガーンが言った通り。
でけえ銃を抱えて兵隊みたいな格好をした二体と、これまたでけえ斧を担いだ……なんか鬼みたいなビジュアルの奴。
こいつらは恐らく野盗の仲間だろう。
もしかすると鬼がリーダー格とかかも知れない、ビジュアル的に。
わからないのはもう一体、黒い騎士のような”魔法の杖”。
そいつは背丈程もある長剣───日本人としては”物干し竿”などと名前をつけたくなる得物を携え、野盗共と対峙している。
というか野盗どもに銃を向けられ、恐らく「貴様何者だ」みたいな会話の真っ最中なんだろうと思われるが、そんな状況にも関わらず戦闘態勢とは言い難いポーズでただ突っ立っているのは凄い強者っぽい。
「あれは……何だ?」
だが黒い騎士から感じる印象として最も強いのは、なんとも言えない気味の悪さ。
時折ノイズでも走ったかのように姿がブレるのがそれを増幅させる。
”魔法の杖”でも魔獣でも、あんな妙なエフェクトがかかる奴は見たことがない。
俺の問いにベルガーンも少尉も答えてくれないところを見ると、二人ともあれの正体を掴みかねているのだろう。
「なんかあれ、まるで───」
その瞬間、俺の言葉を遮るかのように銃声が響いた。
会話が終わったか、打ち切られたのだろう。
それが合図となり、双方が動く。
───まるで、幽霊みたいだ。
最後まで言えなかった言葉をもう一度心中で呟いた。
そう思った理由を説明できる語彙は、俺にはない。
だがまるでそれを肯定するかのように、視線の先で黒い騎士の姿が揺らぎ───消えた。