第八章:集落北部3
銃声と破砕音、そして何か巨大質量を地面に叩きつけたような轟音が響く。
その光景を見たものの多くが「押しているのは野盗である」と評するだろう。
メイドたちの戦いぶりは彼我のサイズ差を考えれば間違いなく健闘と呼べるものだが、それで満足できる状況かと言われれば断じて否。
皆、状況を打開する術を必死に探しながら戦っている。
メイド、武姫、剣士の三人は自然と一人一体ずつ”ワンド”と相対する形になっていた。
武姫と剣士が”アームド”、そしてメイドが”鬼”という具合だ。
「はぁああああああ!!」
時折そんな叫び声とともに、金属と金属が激しくぶつかり合う音が響く。
武姫も剣士も攻撃の隙間を縫って敵に一撃を入れることはできているが、有効打には至らない。
相手の装甲が硬すぎるのだ。
とはいえ武姫はその剛力故にいつかその装甲を貫くだろうという期待を抱けるが、剣士は違う。
彼も間違いなく類稀な力を持つ強者だが、その技のほとんどは対人や対魔獣を想定したもの。
重武装の”ワンド”を相手取った戦いなど、完全に想定の外と言っていい。
装甲の隙間を狙うなど工夫はしているようだが、ダメージが入っているかと言われれば否としか言いようがない。
さらに兵士たちはこの場を迂回し村に迫る野盗たちの対処のために動けず、メイドもフォローに回れていない。
最悪なのは”アームド”が時折村に向けて発砲することだ。
明らかに破壊を意図した挙動だが、効果はある。
特に建物や壁を遮蔽物として使っている兵士たちはそれに対して大きく回避行動を取らざるを得ず、その隙にじりじりと野盗が村に接近してしまっているのだ。
このまま村に入られると、面倒以外の何者でもない。
「さっきまでの威勢はどうしたァ!」
上機嫌。
そう、上機嫌としか言いようがない声音と共に”鬼”が斧を振り下ろす。
圧倒的優位を疑っていない、あるいは嬲っているような感覚すらあるのかもしれない。
「威勢が良かった覚えはないのですが」
その言葉を受けても、このような状況でもメイドの表情は変わらない。
努めて冷静に、いつもと変わらぬ無表情のまま、彼女は小さく跳んだ。
紙一重と言っていいごく僅かな隙間を空け、彼女と斧がすれ違う。
地を砕く一撃を正確に、精密に回避した彼女はさらに斧を踏切板のように使いもう一度跳ぶ。
今度は大きく、”鬼”の頭部を目掛けて。
「なッ───」
驚愕とともに身をよじった”鬼”がメイドの蹴りを回避できたのは、半ば奇跡と言っていい。
意表を突かれた結果として反射的に回避を選んだからこそ避ける事が出来たのであり、落ち着いて魔法障壁で受け止めるという選択肢を選んでいた場合障壁を貫通しダメージを負っていただろう。
(今のを避けるか)
着地したメイドは僅かに目を細める。
表情筋が機能していれば舌打ちをしたかもしれない。
それほどに「ハマった」一撃のはずだった。
彼女が他の二人───武姫と剣士の援護に行けないのは、シンプルに”鬼”が強いからだ。
生身と生身、”ワンド”と”ワンド”というように五分の状態であれば倒せるという自負はあったが、生憎と現状はそうではない。
「このアマ……」
”鬼”の声音に今度は苛立ちが混じる。
相手を鬱陶しいと思っているのは双方同じ。
大きな違いがあるとすれば感情表現が豊かか枯れているかという違いのみ。
人間と”ワンド”の戦いという時点で難易度は高い。
そもそも多くの人間にとっては不可能に分類されることだ。
ましてや”鬼”のように強き者を相手に生身で粘りうる者が果たしてどれだけいるかという話にもなるが、そんなことはメイドにとっては慰めにもならない。
(待つしかないか)
メイドが若干の悔しさとともにその結論に至った時、風が吹いた。
何のことはない、初夏の夜に吹く涼しい風。
そしてその風は───何か得体の知れない気配を運んできた。
メイドの背筋をぞわりとした何かが駆け抜ける。
「何だァ……?」
怪訝そうな声。
同様のものを”鬼”も感じ取ったらしい。
いや、その場にいる全員が同じものを感じ取っていた。
武姫も、剣士も、兵士たちも、”アームド”を含む野盗たちも。
皆一様に、固まったように手を止め風の吹いた方向を見る。
そこには、闇があった。
人の形に───否、”ワンド”の形に夜を切り取ったかのような闇。
自身の背丈程もある長剣を携えた黒騎士。
そんな印象を抱かせる一体の”ワンド”が、静かにそこに佇んでいた。