第八章:集落北部2
”アームド”が抱える機関砲から轟音とともに放たれた弾が大地を抉り、石壁を吹き飛ばす。
完全に予想外の存在の登場により、防衛側は僅かに浮足立っていた。
決まりかけた流れが変わる。
野盗たちの中に複数名”ワンド”を召喚できる者が混じっているという情報は、防衛に当たる兵士たちも当然ながら得ていた。
だがその”ワンド”が外付けの火器や装甲で武装した”アームド”という情報は得ておらず、また想定もしていなかった。
ただ、もし仮に情報を得ていたとしても現在の状況を想定することは叶わなかっただろう。
どれだけ石橋を叩いたとしても、だ。
現れた”アームド”はそれほどに重武装だった。
”ワンド”用の追加装備は、調達にも輸送にも大きなコストがかかる。
特に専用の巨大火器ともなれば、国や軍という組織単位ですら運用できる数は限られる。
帝国軍が大量に配備し運用できているのは、シンプルに途方もなく豊かだから。
小国なら多く運用することはできないし、帝国でも貴族が抱える軍隊では運用される数は限られている。
そんな金のかかる装備を、正体不明とはいえ小規模な武装集団が運用しているというのは異常と言って差し支えないだろう。
可能性としてチラつくのは反乱、あるいはどこかの国や勢力がかによる破壊工作。
「この野盗は何者か」という問いに対する答えとして想定されるものは、物騒かつ面倒なものばかりが残る。
「硬ッ!?」
その時叫び声と、硬く重い音が響いた。
「随分と良い装甲をお使いですのね!?」
叫んだのは武姫。
響いたのは彼女がハルバードを叩きつけた音だ。
弾のサイズと危険度が大きく変わった銃撃を掻い潜り、肉薄した武姫が放ったのは人どころか金属すらも両断しうる斬撃。
しかしそれは”アームド”を揺らがせ装甲に大きな凹みこそ作ったものの、切り裂き倒すには至らない。
そして、その攻撃の終わりが狙われた。
もう一体の”アームド”が放った銃撃を防いだのは、射線に割り込んだ剣士の魔法障壁。
「ありがとうございます」
「ッス」
短く言葉を交わし、武姫と剣士は別方向へと跳び───一瞬遅れてその場所を、再び銃撃が通り過ぎていく。
武姫も剣士もメイドも、あるいは兵士たちも、”ワンド”と戦闘し勝利することが可能な技量や装備を持っている。
そのためこの”アームド”の対処が可能か不可能かと問われれば、一応は可能というのが回答となるだろう。
ただしその回答に「容易に」であったり「すぐに」といった修飾語がつくことはない。
むしろ今回は間違いなく難しいと言い切れる。
何しろ対象は一体でも面倒な存在が二体。
しかも最悪なことに、どうやらこれで終わりではないらしい。
重い足音が、もう一つ。
「なァに手こずってんだ」
そんな言葉とともにゆっくりと現れた”ワンド”は特徴的な見た目をしていた。
二本の角に大きな斧、そして腰に巻きつけられた奇妙な柄の布。
この世界の人間は知り得ないことであるが、その姿はこの世界のオーガよりも異世界人の世界に存在する”鬼”と呼ばれる怪異に近い。
「そんなに強ェのか、こいつら」
値踏みするように眼下の三人を見下ろす”鬼”は後付けで武装した”アームド”でなく、素体のまま戦う”ネイキッド”。
装備する斧も、魔力によって構成された付属品である。
だが外付けの武装がないにも関わらず、その足音は他より重く図体も大きい。
放たれる威圧感も桁がちがうとすら言えるほど。
この”ワンド”たちの中で誰が一番強いかは明白だった。
「クロップ少尉たちに連絡を!」
メイドが相変わらずの無表情で声を張り上げる。
誰に言ったというわけではないが、背後にいる兵士たちのうち誰かが動いてくれることを願って。
”鬼”の出現以降、野盗たちは攻撃を仕掛けてこない。
恐らくは自分たちの優位を、勝ちを確信しているのだろう。
そしてメイドたちも動けずにいたため、場には奇妙な静寂が流れている。
重武装のもの二体を含む”ワンド”三体の相手というのはなかなか難しい状況だ。
対抗するにはメイドたちも”ワンド”の召喚が必要だが、残念ながら今この場にいる者たちにはそんな暇も隙もない。
とはいえ異世界人かその護衛の女、強力な”ワンド”を持つ二人のいずれかでも来てくれれば状況は簡単にひっくり返せる。
あとは来るまでの時間をどう粘るか───そこに思考を巡らせようとした時。
「よし、潰すぞ」
”鬼”の声と、それを受けて再開された”アームド”たちによる発砲音。
いずれもが、ひどく愉しそうに聞こえた。