第一章:"金色の暴君"
その戦いは、おおよそ戦いと呼べるものではなかった。
「うおおおおお!気合いパーンチ!!」
“オルフェーヴル“がただ力任せに振るっただけの拳が、魔法障壁を軽々と貫通し“デーモン“の肩口にめり込む。
両者には歴然とした力の差があった。
絶望的な性能の差があった。
“デーモン“は本来危険な存在である。
成り立ちや特性についてここでは触れない。
ただ簡潔に「魔獣と“ワンド“の中間のような存在」とだけ説明する。
魔獣の如き強い力、魔導師のように行使可能な魔法。
そして高い知能と膨大な魔力を持ち、その戦闘能力は極めて高い。
並の魔導師では相手にならず、部隊や軍という単位が損耗を覚悟して挑むような存在。
「食らえ!黄金の右!!」
『右しか使えんのか貴様』
「じゃあ左ィ!!」
それが現在、戦士でも魔導師でもない一人の人間に圧倒されている。
一方的としか言いようがないほどに、だ。
経験も知識もないが故に、細田隆夫の動きは無駄だらけ。
拳は大振りで、殴るというよりただ腕を振り回しているに等しい。
距離感をまるで掴めていないこともあって効果的な攻撃になっているとは到底言えない。
また利き腕が右だからかその動きには明らかな偏りが見られ、蹴りに至っては使う発想すら浮かばない様子。
先述の距離感のなさと相まって、予測も反応も容易な攻撃ばかりを繰り出していると言わざるを得ない。
防御面でも問題は山積み。
視線は定まらず、立ち方は頼りなく、相手の動きの意図を読み取る余裕もない。
率直に言えば隙だらけ。
それらの動きを見れば、誰もが「弱い」と断言するだろう。
対する“デーモン“はシオンが警戒したように、動きはまさしく熟練のもの。
細田隆夫の攻撃のほとんどを回避し、幾度となく適切なタイミングでの反撃を繰り出す。
先程まで接近戦を避けていたのは苦手だからでは無く意図があってのもの、ということを強く示している。
このように明確な……致命的と言っていいほどの技量差があって尚、押しているのは細田隆夫の方。
その原因は細田隆夫という人物の無尽蔵とすら言える魔力量と、それに由来する“オルフェーヴル“の異常な性能。
例えば”デーモン”はその鉤爪のような手で“オルフェーヴル“を切り裂こうと試みているのだが……その全てが、極めて強固な魔法障壁に阻まれている。
タイミング、攻撃箇所、威力……あらゆることに変化をつけて尚、全てだ。
フェイントを入れ、それに細田隆夫が引っかかるといった状況でも同じ。
実は細田隆夫……”オルフェーヴル”は常時、身体全体を強固な魔法障壁でカバーしている。
これによって意識が向いていようが向いていまいが、ありとあらゆる攻撃を防ぐことが可能となっているのだ。
当然ながらこれは異常な使い方。
全方位に長時間展開すること自体は他の魔導師や”デーモン”にも可能だが、それは短時間に限った話。
細田隆夫のような使い方をすれば、並の者ならば数分で魔力が枯渇してしまうだろう。
次に”オルフェーヴル”の攻撃面。
いかに技量差があろうと、相手の攻撃を全て回避するなどというのは不可能に近い。
現状のような超接近戦ならなおのこと、どうしても身体や武器などでガードしなければならないタイミングが発生する。
武器や盾のようなものを所持していない”デーモン”はそれを魔法障壁で行っているのだが……“オルフェーヴル“の攻撃ほ全て、その魔法障壁を貫通している。
こちらの原因も、先に述べた”オルフェーヴル”の魔法障壁。
常に展開されている魔法障壁は当然ながら攻撃の際も消えることはない。
要するに、”オルフェーヴル”の素手は常に魔力で強化されたのと同じ状態なのだ。
それも「強大な魔力」なのだから、生半可な魔法障壁で防げるはずがない。
もし細田隆夫に戦闘経験やそれに類するものがあったなら、この戦いはとうの昔に終わっていると断言できる。
それほどに両者の”性能差”は絶望的だった。
”デーモン”は何とか致命傷こそ免れているものの装甲は所々が潰れ、歪み……体中から、深刻なダメージを受けていることを示す青黒い煙が漏れ出している。
動きも鈍り始めており、はたから見ても限界は近い。
故にか、“デーモン“は賭けに出る。
超至近距離───自身も間違いなく深刻な被害を被るであろう位置で、全身全霊を込めた魔力弾を炸裂させたのだ。
特大の爆発音が響いた。
”デーモン”が直前に展開した魔法障壁は、大半の魔力を魔力弾に注ぎ込んだこともありほとんど効果を発揮しなかった。
吹き飛ばされ、そのまま受け身すら取れず砂漠に叩き付けられたその身体からは大半の装甲と左腕が消失。
どう見てもこれ以上の戦闘は望めないであろう深刻なダメージ、そう断言する他ない惨状を晒しながら……よろよろと起き上がる。
”デーモン”は刺し違えてでも”オルフェーヴル”を倒そうと試みた。
そうしなければならないという強い使命感故に。
「びっくりしたぁ」
だが、結果は最悪だった。
同じ距離、同じ状況で大爆発に巻き込まれたはずの”オルフェーヴル”はまったくの無傷。
“デーモン“は結局、全てを賭しても“オルフェーヴル“に傷ひとつつけることができなかったのだ。
「お返しだこの野郎」
その戦いは、戦いと呼べるものではなかった。
一方的な蹂躙と、そう言っても差し支えないだろう。
”オルフェーヴル”の右拳に、目視できるほどに大量の魔力が集中していく。
技量は圧倒的に”デーモン”が勝っていた。
だがそれがまるで問題にならない程の、あまりにも理不尽な性能差があったが故の結末。
「極限破壊拳ッッッ!!」
その事実を“デーモン“が認識したのは……その頭部を“オルフェーヴル“の拳に打ち抜かれ、吹き飛ぶ瞬間だった。