第八章:集落北部
───ただの野盗ではない。
村の入口に現れた正体不明の武装集団、それを迎え撃った帝国軍兵士たちの共通認識である。
野盗の襲来とその方角の情報は、村の周囲に敷設した警報装置が反応する前からもたらされていたため、兵士たちは完璧とは言えないまでも待ち伏せの形で迎撃戦闘に入ることができた。
にも関わらず、初撃で敵に与えることができた被害はあまり多くない。
車両こそ一台破壊したものの人的被害は見える範囲では皆無。
銃撃はほとんどが回避されるか魔法障壁で防がれてしまった。
車両からの脱出も含め、散開も実にスムーズ。
待ち伏せは折り込み済み、何ならこの程度は許容範囲とでも言いたげな動きだ。
装備の質も良いように見える。
使用している銃は精度が、弾は威力がそれぞれ高い。
詳細こそ不明だが、野盗に身を落とすようなならず者が手に入れられる代物ではないというのは断言できる。
───これならば子爵軍の討伐隊が退けられたのも理解できる。
そんな思考とともに兵士たちの緊張感が増す。
決して子爵軍の能力が低いと言っているわけではない。
ただの野盗という前提でこれの討伐に当たれば、当然想定を越えて被害を被るだろうという意味だ。
……警戒心や情報収集力という点に関しては少々言いたいことがあったが。
兵士たちのそんな思考をよそに、襲撃者たちはじりじりと距離を詰めてきている。
恐らくは「迎撃側の人員は少ない」と判断したのだろう。
実際、現在迎撃戦闘を行っている兵士の数は僅か四。
本来は指揮官を含めれば七名いる部隊だが、子爵との会談のために指揮官と一人はこの村に同行せず、さらに令嬢の護衛として一人が避難誘導に回っている。
対して襲撃者の数は十を越える。
それも目視できる範囲で、という前提がつくため実際の数はもう少し増えるだろう。
現状は兵士たちにとっては極めて不利な状況と言えた。
だがしかし、この村を守っているのは帝国兵だけではなく───戦力は、四で終わりではない。
「前に出ても?」
「大丈夫です、援護します」
自身にかけられた問いの主の方を見ることなく兵士は答える。
その瞬間、三つの人影が飛び出した。
一人は剣、もう一人はハルバードを携え、最後の一人は完全な徒手空拳。
三人は飛び交う銃弾の間隙を縫い、そして得物や魔法障壁で弾きながら走る。
当たらない、当たる気配がない。
そうしてその中で最も速く駆け、最も早く襲撃者に肉薄した徒手空拳の女───メイドはその勢いのままに、拳を繰り出す。
メイドの動きが想定より早くタイミングを逸したか、判断を誤ったか。
回避行動が間に合わなかった襲撃者が、その拳をなんとか受け止めんと魔法障壁を展開し───
「な───」
何故。
その短い言葉は、最後まで口にすることが叶わなかった。
まともにボディに一撃を喰らったことで呼吸が止まり、体勢が崩れる。
そして刹那の後に反対の拳によって顔面を打ち抜かれた襲撃者の意識は、あっけなく飛んで消えた。
他の二人、武姫と剣士も最初に接敵した襲撃者を一人ずつ排除。
方や魔法障壁ごと対象を両断し、方や意識と魔法障壁の隙間を縫って対象を切り裂いた。
皆、その強さを遺憾無く発揮している。
ただその中でメイドの攻撃は、間違いなく特異なものであった。
襲撃者が困惑、あるいは混乱したのも無理はない。
メイドの拳は、魔法障壁を通り抜けたのだ。
合間を縫ったのでも破砕したのでもなく、まるで魔法障壁など存在しないかのように。
偶然そうなっただけという可能性を打ち消すように、二人目に対する攻撃もまた魔法障壁をすり抜ける。
今度は拳ではなく飛び膝蹴りという違いはあったが、いずれにしても現象は再現された。
二人目が吹き飛び、倒れ伏す。
武姫と剣士もタイミングや方法こそ違えど順調に”スコア”を増やし、兵士たちの銃撃も的確に襲撃者たちを追い詰める。
着実に、着実に襲撃者たちはその数を減らしていった。
───形勢は決まった、そう言っていいだろう。
誰かがそんなことを考えた瞬間だった。
轟音すら呼んでもいい音が夜闇を切り裂く。
それがひときわ大きい銃声だと理解した瞬間と、その音の主が現れた瞬間はほぼ同時。
「”アームド”!?」
驚愕の声をあげたのは、果たして誰だったのか。
そこにいたのは分厚い追加装甲を身に纏い、もはや砲と呼んで差し支えのない程に巨大な銃を携えた巨人が二体。
俗に”アームド”と呼ばれる、後付けの装備を装着した”ワンド”が襲撃者たちを援護し───攻撃を開始した。