第八章:その22
けたたましい音で目が覚めた。
目覚め方としては最悪な部類だろう。
「来たの?」
「みたいだね」
下のベッドにいる少尉に声をかければ、彼女も読書をやめて剣に手を伸ばしているのが見える。
オレアンダーの姿はない、こんな夜中にどこ行ったんだあいつ。
この音は、村の周囲に設置したセンサーだか魔法だかが何かの接近を感知し、その通知が少尉の持つ端末に届いた音だ。
緊急地震速報がスマホに届いたようなものである。
”死の砂漠”でも魔獣の接近に反応して鳴り響いていたので、今回も同じく敵襲だろう。
何しろ窓の外はまだ真っ暗、村の外からお客様がいらっしゃるとは思えない。
……さて、まず言い訳から入ろうと思う。
見張りもせずに寝ていたのは他の皆に「訓練を受けてない者が見張りとかやってもあんまり役に立たないから車内で待機していろ」というのをオブラートに包んで言われたせいだ。
まあ実際、こういうのはプロに任せるのが一番だろう。
その輪の中に素人の俺が加わって何かプラスアルファになれるかと言うと断じてNOなので、素直に指示に従ってキャンピングカーの中で待機していたのである。
寝ていいとは言われてないだろうと言われればそれはそう。
正直初日からは来ないだろうとおもって油断してました、ごめんなさい。
反省しつつ俺は急いで車外へと飛び出す。
まだ戦闘は始まっていないらしく、銃声などは聞こえてこない。
ひとまずは良かった。
「タカオ!」
そんな中俺の方へと駆け寄って来たのはメアリ。
こいつも俺同様に待機するように言われ、それに従い車内にいたのだが……髪や化粧が整ってるし、俺と違って寝てはいなかったらしい。
やっぱりごめんなさい。
「よし、それじゃあ手分けして村人の避難誘導だな」
「わかった!」
短い言葉を交わし、別れる。
今回のように襲撃があった場合、俺とメアリに課されていたタスクがある。
それは村に残ってる人々の避難誘導。
人のいる家を回り、村で一番丈夫な建物に避難するよう促す役目だ。
俺たち以外には少尉とメアリの護衛として同行する兵士一名、あとは休憩中だった子爵軍の兵士たちがその役割に当たる。
ぶっちゃけ俺もメアリも戦闘ではまるで役に立たないので、このくらいは頑張ろうと思う。
「こんばんは!野盗が来たので避難してください!」
そんな意気込みとともに扉を開けた一軒目の住人は老夫婦。
ベッドから飛び起きた彼らはしばし何が起こったのかと混乱した様子だったが、俺の言葉を理解した瞬間この世の終わりみたいな表情をこちらに向けてきた。
というか怯えだしたんだけど、これもしかして俺たちのことを野盗だと思ってんじゃねえか?
「帝国軍の者です、ご安心ください」
すかさず少尉が身分証を指し示してくれたことでわずかに警戒は緩んだようだが、それでもやはり警戒はされているのがわかる。
「村長さんの家が避難場所なんでお早めに!」
老夫婦は固まって動かないが、さすがに無理矢理引っ張り出そうとしたら逆に抵抗されそうなので、こうやって声をかけるのが限界だろう。
あとは本人たち次第とするほかない。
一刻も早く避難してくれることを祈りつつ、俺は扉を閉める。
たぶん一日でも顔見せできていればこんな反応にはならなかったんだろう。
だが残念ながら村へは夜に到着、その日の深夜に襲撃があるとかいう強行スケジュールなのでどうしようもない。
顔見せする機会は存在しなかった。
なんでその日のうちに襲撃があるんだよ本当に、喧嘩売ってんのか。
微妙にイライラし始めつつ次の家の扉を叩こうとした瞬間、銃声が聞こえた。
方角は村の北側、少し離れた場所なので村の入口からだろう。
二発、三発と続いているので間違いなく戦闘が始まっている。
襲撃があった場合の対応に当たることになっているのはウェンディたち。
人数は少ないが大丈夫だろうか、という不安がよぎる。
今すぐ俺も”魔法の杖”を召喚して参戦したいところだが、自分に任された避難誘導というタスクを放り投げるわけにも行かない。
「こんばんは!帝国軍です!野盗が来たので避難してください!」
不安と焦りが徐々に膨らんでいくのを感じながら、俺は二軒目の扉を開き叫ぶ。
やはり野盗と勘違いされたらしく、中からフライパンが飛んできた。