第八章:ベルガーンとオレアンダー
「どう見る?」
夜も更け、さらに静まり返った村の端に立つ魔王の背後から声がした。
だが魔王はそちらへ振り向かない。
誰がやってきたのかはわかっていたのと、その者の姿を確認するという労力をかけたくなかったが故に。
『何についてだ』
「今回の野盗騒ぎに決まっておろう、ついに頭まで霞のようにぼやけたか」
辛辣な言葉と共に魔王の傍らに立ったのは、仮面を付けたメイド服の女。
帝国の最高権力者であり、強きドラゴンでもある存在。
お世辞にも仲が良いとは言い難い二人が並び立ち、闇に包まれた彼方を見る。
『ただの野盗がする挙動ではあるまい』
しばしの沈黙の後、魔王が静かに口を開いた。
魔王が引っかかった点は二つ。
まずいかに小領主とはいえ正規軍の討伐隊を退けるほどに強く、そして退けたとはいえ討伐隊が送られたことを理解して尚同じエリアに居座り続けていること。
片方であれば偶然、あるいは阿呆の一言で片付けられたかもしれないが今回は二つ重なっている。
示威行動じみていると、そんな感想も抱く。
そのため魔王は野盗よりも反乱などの可能性の方が高いと見る。
「周辺の貴族共もそれ故に腰が重い」
女帝は苦笑とともに、自身が知る限りの事情を語って聞かせた。
結局のところ、周辺貴族は巻き込まれて大きな被害を被ることを恐れている。
野盗と仮称されている存在が行っているのが示威行動だとすれば、大きな成果を上げていると言えるだろう。
しかも南部閥内でこういった事態が起こった際に閥内をまとめ上げ、そして率先して兵を動かす立場であったはずのサウスゲイト公爵家が、全く動かない。
そのため発生から一週間程が経過しているにも関わらず援軍は子爵家と縁故のある貴族からのみであり、それすら「義理は通した」というアリバイ作りかと疑いたくなるほど僅かな兵力という有り様。
南部閥という巨大な軍事同盟は、完全に機能不全に陥っていた。
しかもそんな状況にも関わらずしがらみだけは生きており、帝国軍や他派閥への救援要請は送られていないときた。
もはや子爵家の状況は最悪、惨状と表現しても差し支えないだろう。
これでは事態解決など望むべくもない。
『貴様はこれを解決するために来たのか?』
「まさか」
問いかけに、女帝は即答。
「斯様な些事のために出向くほど、妾は慈悲深い皇帝ではない」
事実として、女帝がこの地に同行してきた理由はこの野盗騒動のためではない。
本件に関しては、王宮に情報こそ入ってきていたが放置していた案件だ。
彼女がここに来た目的は他にある。
「妾の目的を知りたいか」
『毛先ほどの興味もない』
魔王もまた、即答。
そしてそこで会話は途切れる。
魔王は話すことはないとばかりに。
女帝は話すことは終わったとばかりに。
沈黙の中、二人は静かに彼方を見やる。
まるで二人の目には、そこに在る何かが見えているかのようだった。
「あの男の引きはどうなっておるのじゃ」
暫くして女帝が口を開く。
その口ぶりは、まるで何か面白い出来事が起こったかのようであった。
あの男とは、異世界人を指す。
そしてその単語に関する補足が一切無くとも、魔王はそれを理解した。
『まったくだ』という感想とともに。
二人が異世界人を評するにあたって、引きが強いとするか運が悪いとするかは判断に迷う部分がある。
異世界人はあまりにも厄介事を引き寄せる。
それも他の者であればまず遭遇することのないような代物をだ。
それだけならば間違いなく運が悪いで終わるのだが、彼にはそれを解決する能力や環境が備わっているという点が評価を難しくする。
他の者なら手に負えない、悪ければ命を落としてしまいかねないものを解決してのける。
無論いかに異世界人が類稀な魔力を有しているからといって、彼一人の力でどうにかできているわけではない。
彼一人でという前提ならば、どうにもならなかった事案のほうが多いだろう。
しかしながら彼の周りには人がいる。
それも帝国屈指と呼んで差し支えないほどの実力者たちが、だ。
彼ら彼女らと上手く付き合えているというのも間違いなく異世界人の力の一端であると、二人はそう評価している。
そんな男が、今回も当たりを引いた。
当たり前のように、事態が動いた。
「教えてやるのか」
『我は貴様と違って慈悲深い故な』
「ふむ、全くそうは見えぬが」
踵を返した魔王と、変わらず彼方を見続ける女帝。
二人は棘のある言葉を交わし、そして離れた。
その場に独り残された女帝は、仮面の下で口元を笑いの形に歪める。
先ほどまでよりも深く。
「褒めてやるべきか、慰めてやるべきか」
───あるいは、笑ってやるべきか。
そんな思考とともに見つめる彼方、闇の中に動く物がある。
闇に紛れるように、灯りをつけず平原を走る数台の車両。
それが、村に接近してきていた。