第八章:その19
酒場での情報収集を終えたというか切り上げた俺たちが向かったのは、車が停まっている広場。
大雑把に区切られただだっ広い草むらに、俺たちが乗ってきたキャンピングカー三台の他にはまばらに車が停まっているだけの寂しい場所である。
白線が引かれているわけでもないので当然車の停め方も駐車場のように整ってはいない。
まだシーズンではないから空いているのか、厄介事の影響で空いているのかはわからないが、いずれにしてもかなり寂しさを感じる。
混んだら混んだで出づらい停めづらいと文句を言いたくなる可能性はあるが、それはそれ。
そんな空間にメアリとウェンディはテーブルと椅子を並べて、優雅にお茶を飲んでいた。
二人は見た目も非常に可愛らしく所作も美しいため、遠巻きに見ている分には非常に絵になる。
その上傍らに控えているアンナさんもメイド服を着ていないにも関わらずメイド服の幻影が見えるくらい”らしい”所作なため、その光景はまさしく庭園でティータイムに興じる貴族たち。
このまま一枚絵として売ったら売れるだろう、それくらいに美しい構図がそこにはあった。
ただしあくまでも遠巻きに見ている分には、だ。
近寄って話し、彼女たちの本質を知った瞬間美しい絵画が面白いイラストになってしまう。
「それは……思ったより大事ですわね……」
さておき、そんな愉快な女の子たちは俺たちの報告を聞いて難しい顔をした。
やはり彼女らから見ても事態は悪いらしい。
「他の南部閥貴族の動きが悪い理由、何か心当たりないッスか?」
その中でヘンリーくんが一番気になっているのがこの部分。
帰り道でも少尉に尋ねていた。
少尉にも全く心当たりがないようだったが。
子爵を含む南部閥の貴族たちは帝国軍との折り合いが悪い代わりに、貴族間の横の繋がりが強いと聞いている。
特に軍事面は強固である、と。
というかそれがあるからこそ帝国軍と折り合いが悪くてもやっていけているのだろう。
にも関わらず今回は、周辺貴族の動きが明らかに悪い。
一週間経っても野盗が健在というのはこの国の政治に疎い俺から見ても明らかにおかしいと感じるし、恐らく間違ってはいないだろう。
「さすがに私は何も……」
「アタシも全然知らない」
だがウェンディとメアリも、その理由を知らない。
学生だからというのもあるが、二人の家は南部閥とは関係がないので当たり前といえば当たり前か。
特にメアリの家は南部閥とかなり仲が悪いって話だしなあ。
「あくまでも噂ですが」
そんな中、口を開いたのはアンナさん。
「サウスゲイト公爵家で跡取り問題が発生し、その影響で南部閥が機能不全に陥っているという話があります」
跡取り問題。
まあなんというか、大きな家や組織が崩壊するときによく聞くワードだ。
アンナさんも問題の詳細までは知らないそうだが……原因に関してはこの場にいる全員に心当たりがある。
何かと俺に突っかかり、最終的に何故か”狭間”にて意識不明の状態で俺たちに発見されたロン毛。
あいつが他ならぬサウスゲイト公爵家の跡取りである。
死んだわけではないし最終的に意識も戻ったそうだが、結局あれから一度も顔を見せることなく取り巻きの二人ともども学園から去った。
今はどうしているのか、どうなっているのかは誰も知らない。
何がかはわからないが「駄目になった」という噂は聞いた。
肉体的にか精神的にか、あるいは社会的にか。
いずれにしてもロン毛は、跡取りになれなくなるほどのダメージを負ってしまったということだろう。
場に沈黙が流れた。
俺たちが何かしたせいでこうなったわけではない、それは断言してもいいはずだ。
それでも、どうしても心の奥がモヤモヤする。
表情を見る限り、俺以外の面々も同じような気分になっているようだった。
申し訳なさとも違う、よくわからない暗い感情。
それがどんよりと、この場を包んでいた。
「放って置くわけにはいきませんわね」
そんな中で最初に顔を上げたのは、ウェンディだった。
「私たちで何とかいたしましょう」
罪滅ぼしとかそんな理由ではないだろう。
そもそもロン毛がああなった理由も南部閥がこうなった理由も、俺たちにはわからないし関係がないと言い切れる。
俺たちが負うべき責任など、どこにもない。
「ッスね!」
「頑張ろ!」
メアリとヘンリーくんもウェンディに同調する。
にも関わらずこんなことを言い出すのはこいつらがお人好しだから、それに尽きる。
若いというのもあるだろう、行動力とエネルギーがすごい。
いかん、なんかまたなんか思考が老け込んできた。
若い連中と行動するといつもこうだ。
『貴様はどうするのだ』
ベルガーンの言葉で、皆の視線が俺に集中する。
この野郎空気を読まない……いやタイミング的にめっちゃ読んでるな、めちゃくちゃ嫌なタイミングだわちくしょう。
もうちょっと保護者目線でしみじみさせろ。
「あーうん、頑張ろう」
棒読みで半笑い。
俺の返答はなんとも言えず情けないものとなった。