第八章:その18
野盗の出没は、その地域の治安の悪さを象徴する出来事だ。
ファンタジーに限らず、歴史ゲーなんかでもイベントとして用意されてたりする。
ただこの世界、特に帝国内で起こったと言われるといまいち信じがたい。
「え、そんなヤバいんスか?」
俺と同じような感覚なのだろう、ヘンリーくんが少し驚いたように問いかける。
帝国に警察のような組織はなく、その役割は帝国軍や各貴族が抱える軍隊などが担っている。
どうやらこれはうまく機能しているようで、帝国国内の治安はかなり良い。
また武力行使はむしろ専門分野であるため、野盗など出てもすぐに鎮圧される……そう思っていた。
「そんなヤバいんスよ」
気さくに、ヘンリーくんの口調を真似ておっさんが答えてくれたがその表情は全く明るくない。
おっさんによれば子爵領に野盗が現れてからかれこれ一週間、既に二つの集落といくつかの輸送車両が襲撃され結構な数の死人が出ているそうだ。
いや、思ったよりはるかに大惨事なんだが。
「子爵の軍は……?」
正直、これを聞いていいものか迷ったが聞かざるを得ない。
いないはずはないし、いるなら動かないとかいう選択をする理由もない。
にも関わらず一週間経っても事態が解消されていない理由として考えられるものは……そう多くない。
野盗が上手く逃げ隠れしているか強いか、おおよそそのどちらかだろう。
「ボロ負けだったらしいぜ」
お手上げ、とでも言いたげな大仰なジェスチャーとともにおっさんはそう言った。
既に、発生から二日目には子爵は討伐隊を向かわせている。
だが残念なことにそれは見事に失敗した。
どうやら今回の野盗は、強い方のようだ。
それも軍の討伐隊を打ち負かす程度には。
「”ワンド”がいたらしい、それも複数」
この世界で野盗や山賊の中に”魔法の杖”を召喚できる魔導士が混じっていること自体は、そこまで珍しくないと聞いたことがある。
ただしそういう輩は基本弱い。
そんな立場に身をやつす時点で魔導士としての質はかなり悪いと、そんな至極当たり前の理由だ。
だが今回の山賊の中にいる魔導士の質は、恐らく低くない。
でなければ複数いたからといって軍を退けることなどできまい。
ともあれ子爵の軍は準備不足───どちらかといえば調査不足か、そんな状態で討伐に向かって普通に蹴散らされた。
そして現在は周囲の貴族に助けを求め何とか事態解決を図っている……というのがおっさんたちから聞けた子爵領の現状である。
なんというか、思ってたよりはるかに酷い状況してんな。
おっさんたちも話しながら凹んでるし。
仕事にならないとかそんなレベルじゃないし気持ちはわかるけども。
とりあえずこれ以上は聞けそうにない。
というかこれ以上突っ込んで聞くのはさすがに申し訳なく感じてしまう。
「少尉、この人たちに酒奢って大丈夫?」
小声で少尉に問いかける。
今の時点で俺にできることはほとんどない。
何とか解決のために努力する予定ではいるが、「大丈夫です、俺たちがなんとかします」と言ったところで信じてはもらえないだろうという確信がある。
というか俺なら信じない、何言ってんだこいつとなる。
なのでここはひとまず映画とかでよく見る「情報の対価に一杯奢る」をやろうと思う。
正確に言うと、対価ということにして奢りたい。
それで与えられる元気なんぞたかが知れているとは思うが、ごく僅かでもテンション上げて欲しい。
現状はいくらなんでも沈みすぎだ。
とはいえ悲しいかな、俺には金が無い。
贅沢三昧しておいて何言ってるんだと自分でも思うが、俺は金を全く所持していない。
俺が買ったり食ったりした商品の代金は国に請求が行ってるので、俺の金ではない。
どんな立場だと、これまた自分でも思う。
とりあえず他人の金で食う飯と飲む酒は美味いです。
もうすっかりこのシステムに慣れてしまった自分の人生はこれから先大丈夫なのだろうか。
生活ランクって落とせないらしいし。
ただ、さすがに今回は直接帝国に請求は行かない。
そんなことを平民向けの酒場でやったらドン引きされること請け合いだろう。
一応少尉が立て替えてくれることになっているのでこうして可否を尋ねてみたわけだが……
「いいよ」
短くそんな言葉が返ってきた。
俺も小さく短く「あざます」と言って、おっさんたちの方へ向き直る。
「ありがとうございました、お酒奢るんで元気出し───」
「「飯もつけろ」」
言い終わる前におかわりを要求された。
こいつら実は元気なんじゃねえか?