第八章:その17
果たして時間が悪いのか、時期が悪いのか。
この街で飲食店街として有名なエリアの店は多くが閉まっていた。
その上人通りもほとんどなく、誰かに尋ねようにも尋ねる相手がいない。
結果、俺たちは酒場っぽい店舗を見つけては開店か閉店かを確認しながら歩き回るとかいう苦行を強いられることとなった。
「ようやく開いてる店あったッスね」
「誰にも頼らず店を探すのがこんなにキツいとは思わなかった」
そして入口を確認すること十軒目、ようやく開いている店を見つけた。
二桁、二桁です。
俺たちの引きはどんだけ悪いんだと言いたい。
俺もヘンリーくんも疲れてテンションは低いし、少尉はもうしばらく一言も発していない上に眉間にシワが寄っている。
ベルガーンはというと……早々にいなくなって「またかよ」と思っていたらこの酒場を見つけてきたのがこいつだ。
まさかの今回一番の功労者である。
こいつがいなければまだまだ歩かされる可能性が高かった……いや、ほぼ確定事項だったろう。
マジで助かった。
やはり建物をすり抜けられるというのはこういう時便利らしい。
あるかないかはわからないが、そんな感じの魔法があれば俺も覚えたいと強く思った。
「とりあえず入ろうか……」
「そッスね……」
とりあえず、喉が渇いた。
俺の場合この街に到着するまで酒飲んでたのが原因だと思うが、やたら喉渇くしマジで食道のあたりがムカムカする。
酒飲んで動くものじゃないな。
とりあえず情報収集よりも何か飲みたい、ついでに軽食があればそれも食べたいな……。
どんなものを取り扱ってるんだろう、この「冒険者の休息」なる店は。
そんなことを考えながら俺は店のドアを開くと、俺の世界でも馴染みのあるカランコロンカラーンみたいな音が響いた。
これこの世界にもあるんだな、なんか微妙に懐かしい気分だ。
「いらっしゃい」
こちらを一瞥しそう言ったのはカウンターにいる渋いおっさん。
なんというか、マスターと呼びたくなる人物である。
若い頃はさぞかしモテただろう、何なら今もモテるだろうと確信できるナイスミドル。
俺もこんな老け方をしたいと、強くそう思う。
「ごめんヘンリーくん、適当に注文頼むわ」
「あ、了解ッス」
とりあえずカウンター席に座り注文を……というところで問題発生、壁に書かれたメニューを見てもどんな料理や飲み物なのかがわからない。
読めないわけではないのだが、さすがにまだ固有名詞を聞いてもピンとこないあたりで自分の異邦人っぷりを再確認する。
この世界にもだいぶ慣れたと思ったが、まだまだだったらしい。
せいぜい半年くらいしか経ってないしな……とんでもなく濃い半年間なわけだけども。
対するヘンリーくんは手慣れたもので、俺に好き嫌いを聞きつつテキパキといくつかの品物を注文してくれている。
とてもありがたい。
初めて入る店でこれやってくれる友人とか同僚がいるとカッコよく見えるんだよな。
ちなみに少尉はヘンリーくんの注文の他に食べたいものか飲みたいものがあったらしく、追加で何かを注文していた。
意外と飲むし食うよなこの人。
「ありがとう、助かった」
「いえいえこのくらい、なんてことないッスよ」
ヘンリーくんに礼を言い、店内を見回す。
客はそれなりにいるのだが……なんというか皆さん、厳つい。
腕も首も丸太みたいで強そうだが戦士とかそういう風体ではない、服装などの印象はまさしく”肉体労働者”という感じだ。
おそらくこの店はそういった人々向けにこの時間から開いているのだろう。
仕事前か仕事終わり、どっちに来ているのかまではわからないが。
「お兄さんたちは、観光?」
俺たちの前にグラスを並べながら、マスターがそう問いかけてくる。
グラスの中に注がれているのはお茶だろうか、茶色く透明な液体なので麦茶っぽいけど。
「そうですね、帝都の方から来ました」
ロンズデイルたちが付き合ってくれているので調査という体裁だが、俺たちの本来の目的はほとんど観光みたいなものだ。
「ランス将軍の亡霊について調べに来ました」と正確に伝えてもその印象は変わるまい。
「また悪い時に来たもんだね」
俺の回答に対するマスターの反応は、苦笑。
周囲の厳つい男衆も「あー……」みたいな感じの同情じみた態度を浮かべている。
「何かあったんですか?」
飲み物に口をつけながら問いかける。
液体はやはり想像通りお茶っぽい苦みがあるが、俺が元の世界やこの世界で飲んだどのお茶とも違う。
ただ味はすごく好みなので、後ほどヘンリーくんにこれの名前を聞いておこう。
さておきこの街で……というより子爵領で起こっていることだ。
予想通り観光客の客足に影響するようなことが起こってはいるらしい。
それに関しての情報収集はすぐに終わりそうだな、などと考えながらマスターの顔を見る。
「最近野盗が出るんだよ、おかげで商売あがったりだ」
答えは、背後の厳つい男衆から返ってきた。