第八章:その16
結局少尉の助言通り、情報収集に向かうのは俺ということになった。
確かに俺はどう転んでも平民にしか見えないだろうし適任と言われて反論はないが、この釈然としない気持ちは何だろう。
「話、聞けるといいッスね」
「そうだな」
そして意外にもそれについてきたのがヘンリーくん。
「自分も行っていいスか?邪魔はしないんで」と言い出した時はちょっと驚いた。
一応ヘンリーくんも貴族なのだが、見た目があまり貴族っぽくないので問題なかろうということになり同行が許可された形だ。
そういえば俺もヘンリーくんの第一印象はチンピラだったなあ。
中身は好青年……どちらかと言うと少年っぽいかな?いずれにしてもチンピラには程遠いんだが。
さておきそんなわけで酒場に向かうメンバーは俺、少尉、ヘンリーくん、そしてベルガーンという組み合わせ。
だいぶ珍しいメンバーだと思う。
「何か気になることでもあるのか?」
気になったので問いかける。
ヘンリーくんはあまり意思表示をしないタイプだ。
それ故七不思議部のホラーな体験に付き合わされたり、ロン毛に請われるがままに俺……というかベルガーンと戦ったり、大変だったり損だったりな役回りが多いように感じる。
もしかしたら見た目と違って引っ込み思案なのかもしれない。
それが目的地を決める際も今も、やけに積極的に関与しようとしてくる。
悪いことではなくむしろ好ましいとは思うが、それはそれとしてやはり理由は気になるところだ。
「あー……自分、ランス将軍好きなんスよ」
照れくさそうな返答。
聞けばヘンリーくんは、結構な歴史好きらしい。
帝国に限らず周辺国の、特に武人とか武将にカテゴライズされる人々の逸話や生涯が書かれた文献を読むのが趣味とのことで……なんというか、これまた意外な一面である。
なるほど、お化けは怖いけどランス将軍の亡霊には興味があるからこの件を調べたがってたのか。
うむ、メンタルが強いのか弱いのかわからん。
「いいじゃんいいじゃん、なんかわかるわ」
俺的に、歴史好きというのは珍しくもなんともない。
元の世界でもありふれた趣味であり、俺自身戦国時代やら三国志の時代を舞台にしたゲームや漫画は好きだった。
ただヘンリーくんもそうだというのはやはり意外。
ただ、わからなくはないなとも思う。
彼は剣に限らず武芸全判を学ぶのが好きと以前言っていたので、野球少年やサッカー少年がレジェンド選手に憧れて動画とか見まくるのに近い感じなのではなかろうか。
ましてや貴族である以上、そのレジェンドたちに近い立場になるのはほぼ決定事項みたいなもんだし。
「ランス将軍は憧れの人?」
「雲の上の人ッスね」
エドガー・ランスという人物は帝国で剣の道を志す者が一度は憧れる英雄であり、同時にほとんどの者にとっては憧れのままで終わってしまう存在でもある。
既にこの世を去っているというのも原因としてはあるが、彼が成した偉業があまりにも鮮烈であることも大きい。
”憧れ”が”目標”に転じることはごくごく稀。
だがそんな中でヘンリーくんはそこを目指そうという意志がある、なんとなくだがそんな気がする。
でなければ「雲の上の人」という言葉は使わないだろうとか、その程度の弱い根拠だが。
「いるといいな、ランス将軍の亡霊」
「そッスね!」
そう言ったヘンリーくんの笑顔は引きつり、微妙に震えている。
例え会いたい人、憧れの人であってもやっぱり怖いもんは怖いんだろうが……それでも会えるなら会ってみたいのだろう。
やっぱり大変だな、と思いながら俺は苦笑した。