第一章:その15
俺はただのしがない一般人男性だ。
力が強いとか頭がいいとか金があるとか、そういうのは一切ない。
リーダーシップとかコミュ力とかそういうのとも無縁。
あまりに履歴書に書くことが無さすぎて、一時期シーランド公国の爵位取得を真剣に検討したほどだ。
誇れるほど勇気があるわけでもない。
ここに来ようと思った理由が「少尉たちを助けに行きたいと思ったから」だというのは嘘ではない。
嘘ではないが、そんな真面目な理由だけではここまで来られなかっただろう。
俺を動かしたものの半分は勢い、そして残りの半分は「召喚した”魔法の杖”が凄まじい性能だったから」というもの。
”魔法の杖”がショボかったら、何か言い訳を考えて逃げ出していたかもしれないとすら思う。
我ながらクソみたいな、他人には言えない思考回路だ。
「うおおおおおおおお!!」
……ネガティブな思考はやめて、現実に戻るとしよう。
俺は今、叫びを上げながら回転している。
両手で握りしめているのはサンドストーカーの尾。
当然その先には本体が存在するわけだが、今現在そいつはハンマー投げのハンマーよろしく俺に全力で振り回されている状態だ。
「どっせい!!」
いい加減回ったところでもういいだろうと手を放す。
哀れなサンドストーカーくんは遠心力という名前の物理法則に従い、猛烈な勢いで、その先にいた魔獣たちを何体も巻き込みなぎ倒しながらカッ飛んでいった。
これはストライク、ストライクですね。
「すんげえパワーだな」
『想像以上というほかない』
俺の”魔法の杖”である“オルフェーヴル“は、あり得ないほど強かった。
今わかりやすく体感できているのは、その凄まじいパワー。
殴ればサンドストーカーの外殻が砕け散り、蹴ればサンドワームが地面から抜けて宙を舞う。
そして今みたいに振り回してブン投げるみたいな芸当も余裕でこなせる程。
桁違いと、自信を持ってそう言える。
「おっと」
調子に乗り始めた俺に向けて、“デーモン“の放つ光の玉が飛んできた。
とはいえそれは真正面からで距離もある。
速度こそそれなりに出ているが、見てから反応で十分回避可能な攻撃。
俺は慌てず急がず右肩に魔力を集中、小型ブースターを点火して軽快に横ダッシュを───
「フゴっ!?」
決めようとして失敗、勢いよく砂の上を転がることとなった。
何のことはない、出力の調整ミスだ。
バーニアは回した魔力に応じて出力が変わるという極々当たり前な仕組みなのだが、俺はその調整が苦手だ。
何回かに一度はこのように飛びすぎてコケる。
最初の練習では上手くいったんだけどな……やはり実戦だと違うということだろうか。
『慣れぬうちはそんなものだろう』
「温かい言葉ありがとよ」
まあ実際ベルガーンの言う通り、魔法を使うどころか魔力の流し方……何ならその存在自体を知らなかった俺がぶっつけ本番で完璧にこなせたらそれは奇跡だろう。
この戦いから無事に生還できたらまずは練習だな、と考える。
バーニアの活用はオルフェーヴルを扱う上で生命線みたいなもんだと思うし。
……他にもこの世界でやりたいことはある、こんなところで死にたくはないな。
「それにしても近寄って来ねえな」
”デーモン”は先程から遠距離攻撃……光の玉を飛ばしてくるばかりで近寄ってくる気配がない。
というか手下の魔獣をけしかけて自分は安全な距離に、って模範的チンピラの親玉ムーヴじゃねえか。
まあ俺が”デーモン”の立場だったら魔獣がいくら倒されようが良心は痛まないと思うので、適切な戦法ではあるんだろう。
ただやられるとなんか腹立つんだよなあ。
「来いよ“デーモン“、魔法なんて捨ててかかってこい!」
『それでかかってくるなら誰も苦労せん』
ベルガーンの冷たいツッコミと、“デーモン“の放つ光の玉が容赦なく飛んでくる。
死ぬまでに一度言ってみたい言葉ランキングがあれば、相当上位に食い込むであろうセリフだぞこれは。
まあ世界が違うんだからわからなくて当然だし、映画の有名なセリフと言ったところで通じないだろうから反論する気もない。
「それはそうと、どうやって近づいたもんか」
次々飛来する光の玉を回避しながら俺は考える。
俺は……というか“オルフェーヴル“には殴る蹴る以外の攻撃手段がない。
まあもしかすると俺が知らないだけで凄いビームとかが出せるのかも知れないが……ホントどこかに説明書とか攻略wikiないかな。
あっても知りようがないなら無いと同じなんだよ。
“デーモン“はそれがわかっているのだろう。
繰り出してくる攻撃といえば距離を取って光の玉を放つだけ。
そのため現状はほぼほぼ俺の回避練習の様相を呈してきている。
お陰様でバーニアの使用にも段々慣れてきましたよこの野郎。
『貴様の戦闘経験では考えるだけ無駄だ』
何だとこの野郎と反論したくなったが事実だ、事実以外の何物でもない。
俺には効果的な動き方が浮かばないし、恐らく浮かんでも実行できないと思う。
少尉やベルガーンならどうするか……みたいな思考も無駄だろう。
下手の考え休むに似たりって奴だ、ちょっと違うか?
『愚直に、全力で行け』
そのアドバイスは、とてもぼんやりしていたと言わざるを得ない。
人によっては、あるいはタイミングによっては、アドバイスと受け取られない場合も有り得るだろう。
「あいよ!」
だが俺は、それをアドバイスと受け取った。
指針にすべき言葉と受け取った。
だから跳ぶ。
脚と腰に魔力を回し、バーニアの噴射を使って前方へと。
ハナから俺に選択肢などない。
俺にできることなど、愚直に距離を詰める以外に何があるというのか。
“デーモン“が周囲にまた光の玉を浮かべつつ、後ろに跳んだのが見える。
徹底して距離を取る戦術らしい、持久戦でも狙ってるのかこの野郎。
「愚直!!」
魔力を流し込む。
背中の大型バーニアに、全力で。
点火は上手くいったか。
制御はできているか。
奴はまだ、光の玉を放っていないか。
突然スローになった時の流れの中で、俺の頭にそんな思考がいくつも浮かんでは消える。
今の俺は何かを考えているようで何も考えていない。
たぶん「考える余裕がない」と言ったほうが正しいのだろう。
気付けば、間近に“デーモン“。
果たしてこの距離を詰めるのに要した時間は何秒か。
奴が驚愕しているような気がするのは、俺の願望からくる気のせいだろうか。
やはり思考が浮かんでは消える。
「全力!!」
叫ぶ。
腹の底から叫ぶ。
大事なのは勢い。
俺はこのビッグウェーブに乗るしかないのだ。
勝負は一瞬。
結局奴が光の玉を放つより、俺が至近距離至近距離に到達するほうが早かった。
「ド根性ラリアットォ!!」
そして俺は一切スピードを緩めぬまま、伸ばした右腕を思いっきり“デーモン“の喉元に叩き込む。