第八章:その13
ドブソン子爵領の特徴を一言で表すなら「風光明媚」という言葉になるだろうか。
領内には山に森、大きな湖など様々な自然が存在し、それらをウリとした観光にも力を入れている。
俺の世界で言うところのレジャーというやつだろう。
夏から秋にかけてはかなりの人気を誇る観光地となり、毎年国内外から多くの観光客が詰めかける───らしいのだが……。
「静かすぎんだろ」
俺たちが到着したのは領内で最も大きな街、ミスティルム。
確かに今はまだ夏とは呼べない季節だし普段の賑わいがどの程度かは知らないが……人通りもまばらでお世辞にも賑わっているとは言い難い状況だった。
空気がシャッター街のそれ。
「私が以前来た時はもっと賑やかでしたわ」
「アタシが来た時もそう」
一緒に街を眺める二人、メアリとウェンディはどこかガッカリとした様子だった。
聞けばこの子爵領は貴族の保養地、別荘地としても人気が高いらしい。
なるほど、ドバイとかハワイとか軽井沢みたいな場所と考えたらいいのか。
二人の実家からは遠かったり両家の関係性の問題があったりでそう頻繁に訪れてはいないとのことだが、反応を見るにだいぶ居心地が良かったのだろう。
というかさすがは貴族の子、当たり前のようにこういった場所でのレジャーの経験がおありだ。
それとも陽の者だからこその経験だろうか。
この手のレジャーに特化した観光地は陰の者だった俺には無縁な代物であり場所だったので、なんかすごい壁を感じる。
ちなみに勝手に陰の者と認定していたヘンリーくんも、どうやら実際には陽の者サイドであったことが判明した。
普通に二人の会話に相槌打ってる。
信じてたのに。
『怯え、とはいかぬまでも何かを警戒している空気が漂っている』
「何に対して?」
『余にわかるわけがなかろう』
ベルガーンに呆れ返った視線を向けられた、解せぬ。
お前は何でも知ってそうな空気を纏ってるんだからしかたないだろ。
俺は悪くない。
ちなみにベルガーンは案の定メアリとウェンディの車両に乗っていたらしい。
そんなにオレアンダーのことが嫌いなのかと聞こうかと思ったが、さすがにやめた。
知ったところで俺の邪な欲求が満たされるだけで、仲を取り持てるわけでもないからなあ。
というかベルガーンがずっといるなら、ヘンリーくん二号車でも大丈夫だったのでは。
まあふらっといなくなる奴だから当てにはできないか。
「魔獣でも出たのかな」
そう言ったメアリの顔にも、ウェンディやヘンリーくんの顔にも不安の色が見て取れる。
きもちはわかる、超わかる。
他ならぬ俺自身もめっちゃ不安になってるし。
ここでも何か起こるんか、と。
今のところ俺たちの行く先々で起こるトラブルの難易度は大概おかしい。
学校探検も、危険を想定して挑んだはずの”闇の森”も、なんか難易度が途中から異常なほどハネ上がったし。
どちらも怪我人も死人も出なかったのは奇跡ではなかろうかと思う。
「このあたりに、こんな警戒するほどの魔獣が出たなら確かに大事件ッスね」
「そうなの?」
「この辺魔獣自体出ないんスよ」
ヘンリーくんによると子爵領が観光地として人気なのは、自然が豊かであることの他にかなり安全な地域に分類されているのも理由らしい。
危険な獣もおらず、魔獣もほとんど出現しない。
自然と危険がイコールで繋がることが多いファンタジー世界でそれなら、確かに客も増えそうだ。
『何が起こってこうなっているのかまだわからぬが───』
釘を刺すように、ベルガーンが言う。
確かに俺たちはまだこの街に関する情報を何も仕入れていない。
にもかこわらず「魔獣が出たに違いない」と決めつけて行動するのは、確かによろしくないだろう。
ベルガーンの言うことはもっともだ。
さすがに落ち着いている───とは思うんだが、なんで憐れみのこもった視線を俺に向けるんだ。
『そういう星の下に生まれた者がいる故、面倒事ではあろうな』
その言葉に対する周囲の面々の反応は「確かに」という言葉で統一されていた。
なんだ、俺のせいだと言いたいのかこの野郎。
否定できないからそういうのやめてくれないかな。