第八章:その12
それからさらに三十分程の時間が経過した頃、ようやく俺たちは検問から解放されて前進を再開することができた。
合計でおよそ一時間、止められすぎではなかろうか。
「お前が出ていったら早かったんじゃねえの?」
そうオレアンダーに問いかける。
これは別に恨み言とかではなく、興味だ。
オレアンダーは皇帝であり、いくら身分を隠していると言ってもこういう場面で使える手札は間違いなく持っているはずだ。
性格的にも間違いなくと言い切れる。
それにこういう足止めは嫌いそうな印象がある……と言うかそういう印象しかない。
だから出ていってさっさと解決しなかったのがかなり不思議だった。
待たされている間かなりめんどくさそうにしてはいたが、それだけだし。
「妾が出ていけば確かにこの場は解決したろう、だが以後が面倒になる」
「以後?」
「軍の一部隊に特権を付与するようなもの故、各方面から不満が出るであろうな」
言葉の端々に「できるものならそうしている」という感情が乗っている。
やはり嫌ではあったらしい。
確かに折り合いの悪い、トラブっている二組の間に入るのは難しい。
片方が正しいことを言っているとしても、肩を持てばもう一方から間違いなく不平不満が出る。
今回の検問が設置された理由も、俺たちが足止めを食らった理由もさっぱりわからないが、どんな理由であれそれを皇帝の権力で強行突破したら子爵家は文句を言うだろう。
他の南部貴族がそれに同調する可能性も高い。
もしかすると軍内でも同じようなことが起こるかもしれない。
正直メアリやウェンディといった有力貴族の子たちとの繋がりがあり、次々に大きな手柄を立ててるってだけでロンズデイルは他の軍人たちから嫉妬されているだろう。
彼は出来る男なので上手くやっているかもしれないが、そこにプラスアルファで皇帝特権じみたものの恩恵まで受けたら一気に状況が悪化しても不思議はない。
さらに言えばメアリやウェンディ、ヘンリーくんにも良くない影響があるかもしれない。
本人だけでなく、実家にもだ。
「お前……意外といろいろ考えてるんだな」
「意外ととは何じゃ」
本当に意外なんだから仕方がないだろ。
とりあえずオレアンダーが出ていかなかった理由については理解したし納得した。
やはり心の底から意外だと思うけど。
「まあ、足止めの理由がくだらぬものであれば処罰はするがな」
やはりご立腹ではあるらしい。
とはいえこれも妥当だろう、大した理由もなく軍の通行を遮るのはどう考えても問題だし。
しかしこうなると気になってくるのは子爵家が俺たちを足止めした理由だ。
もしかすると子爵家ではなく現場の兵士の判断かもしれないが、可能性としてはかなり低いように思う。
責任押し付けて首を切る時にはそう言うかも知れんけど。
「こういう足止めはよくあるのか?」
「道が物理的に塞がらぬ限りはない」
事故に天災に魔獣の出現、この世界は道が塞がる理由のバリエーションに関しては俺がいた世界よりも多いように思う。
だが今回はそれらが原因で起こる通行止めではない。
何かを探し、何かを調べるための検問だ。
と言うか”何か”の部分に関して最後まで説明がなかったらしい、すげえなと思う。
もしかしてオレアンダーが言うように、軍を領内に入れたくなかったのだろうか。
俺たちも目的地が他ならぬ子爵領内でなければ、迂回して別ルートを使ってただろうなと思うし。
俺が気にすべきことではないのだが、気になって仕方ない。
一体子爵領内で何が起こっているんだろう。
「まったく息抜きに遠出したつもりが……仕事をする羽目になりそうじゃな」
心の底から嫌そうなオレアンダーの声。
それに対して俺は一瞬「お疲れ様」という声をかけかけたが───
「いやお前息抜きしてばっかりだろ」
何故か口から出たのは正反対の言葉だった。
なんでやろなあ。