第八章:その11
人が集まれば派閥ができる。
それは貴族社会でも変わらず、むしろ政治や軍事を担う貴族の立場だからこそ色濃く現れる。
現在帝国に存在する貴族たちの派閥は大きく分けて三つ。
メアリの実家、オーモンド公爵家を中心とした北部閥。
ロン毛の実家、サウスゲイト公爵家を中心とした南部閥。
そして西方貴族たちで作る西部閥。
他にもどの派閥にも属さない貴族やいくつかの小規模なグループが存在するが、それらはさしたる影響力を持っていないか、政治的な主導権争いからは一定の距離を置いている。
ウェンディの実家、ヨークシャー辺境伯家がその代表例だ。
そのため帝国の貴族社会はおおむね三派閥を中心に回っている、そう言って間違いないだろう。
さて、そんな三大派閥の一つである南部閥にはある特色がある。
それは帝国軍との折り合いの悪さだ。
元来意見や方針の不一致があったところに誤解、行き違いなどが重なった結果、両者の関係は断絶とはいかないまでも不和と言って差し支えない状態になっている。
南部貴族が抱えている兵力を合算すると帝国軍に匹敵するのも大きい。
他地域では問題なく行える軍の活動が制限されたり、情報が共有されなかったりと問題も多いため王宮が関係改善を試みているものの、うまく行っているとは言い難い。
現在帝国が抱えている最も大きな爆弾、そう言っても過言ではないだろう───
という説明を今、少尉から受けた。
「なるほどなあ」
どこにでもあるんだなそういうの、と思う。
俺の世界でも思想や信条、下手すりゃ出身地や出身校で派閥があったりするしなあ。
関係改善のために努力してる人たちは大変だな、とも思う。
帝国内に存在する二つの大きな軍隊が共存できないとなると、そりゃあ大問題だろう。
今のところは大きな事件事故には発展してないらしいが、だから今後も大丈夫ということは絶対にないと言い切れる。
こういううまく行ってない関係ってものは徐々にだろうと日々悪化していって、とんでもないタイミングで大爆発するものだから。
「それで俺たちは今足止め食らってるのか……」
なぜそんな話を今聞いたかというと、検問で足止めを食らっている理由の説明と暇つぶしのためだ。
俺たちは今現在、軍と南部貴族の不和の影響をモロに受けている。
目的地であるウェルベック砦跡があるのは南部閥の一員であるドブソン子爵の領地内。
その境界線、すなわちこの場所までは何を咎められることなく到達できたのだが……突然現れた、オレアンダーですら詳細を知らない検問で停車させられてから、かなりの時間が経過している。
もう三十分は経ってるんじゃなかろうか、何をどう考えても長い。
移動中は多少暇でもまったく気にならなかったが、停車させられて暇だとかなりイライラする。
突然の交通渋滞に巻き込まれた人たちはこんな気持ちなんだろうか。
「まだかかるのかな……」
「詳細がわからないからね」
そう言った少尉の顔は、俺同様にげんなりしているように見えた。
最悪なのは、検問の理由がわからないこと。
現在ロンズデイルが話を聞いているのだが、なぜ止めたかと何を調べたいのかに関する説明はまるでされないらしい。
それでいて車内を検めさせろといわれても、はっきり言って困る。
警察と一般人なら力関係の都合上従わざるを得ないだろうが、今回は帝国軍と貴族軍でものの見事に対等だ。
そんな強気に出る理由がわからない。
「領内に軍を入れたくないのやも知れぬぞ」
オレアンダーが心底面倒くさそうにしている状況は、果たしていつまで続くのだろう。
そしてその言葉は果たして冗談なのか、本気なのか。