第八章:その10
さらにしばしの時間が流れた。
さすがに俺もオレアンダーももう酒を飲んではいない、飲み会は終了した。
空いた瓶の本数は……だめだ数えたくねえ、たくさんですたくさん。
俺は三杯くらいしか飲んでないのでほぼオレアンダーの実績なんだが、これだけ飲んでも何事もなかったかのように片付けをこなし空いたテーブルで書類整理らしきものを始めたオレアンダーはもはや怖い。
どういう肝臓してるんだこいつ。
尚、片付けをしながら「メイドを乗せるべきじゃったな……」という呟きが聞こえたので、次回があればこの車両にはメイドさんが乗ることだろう。
なんか直視したくなくなってきた、話を変えよう。
「それにしても、ホントに快適すぎる……」
二段ベッドの上段、俺用にあてがわれたパーソナルスペースでゴロゴロと転がりながらしみじみとつぶやく。
ほぼ揺れず、のんびりとくつろげるというだけで移動手段としてはかなり上等な類だと思うがこの車の快適さはそんなものではない。
この車両の設備は間違いなく新幹線よりも上、もしかすると旅客機のファーストクラスと並ぶかそれ以上ではないかと思う。
一度たりともファーストクラスなどというものに乗ったことはないので断言できないが。
シャワーや冷蔵庫ならファーストクラスにもついてると聞いたことがある。
だがさすがにベッドはないだろう、しかも手足を伸ばしてゴロゴロちゃんとしたやつなど望むほうがおかしい。。
飛行機にあるとすればせいぜい上等なリクライニングシートくらいではなかろうか。
いやまあそれでも十分凄いし快適だろうけど。
いずれにしてもそんな優れた居住性のお陰で今回の旅は移動中ほとんど疲れらしきものを感じない。
若干腰に来た前回とは雲泥の差だ。
これまでに二度ほど休憩は必要かという確認がロンズデイルから来たが、いずれも大丈夫だと答えた。
おそらくメアリたちも同じ答えを返したのだろう、車列は休憩なしのノンストップで走り続けている。
……確かに俺たちは大丈夫なんだが、運転してる人たちは大丈夫なんだろうか。
休んでくれてもいいんだけど。
「あとどれくらいでつくんだ?」
俺は僅かな不安というか心配を抱えながら、下段のベッドに腰掛けてずっと何かを読んでいる少尉に問いかける。
読んでいるのは小説か何かのようだ。
俺の読んでいる本より小さく厚く、チラッと見えた文字が細かくて多いので、きっとそうだろう。
俺も早くああいうのを読めるようになりたいものだ。
「もう二、三十分ってところじゃないかな」
正確なところはわからないが、体感的には学園から”闇の森”近くの村へと向かった道のりと同じような時間を走っているような気がする。
休憩時間がないことを考えれば今回のほうが長い距離を走っているのではなかろうか。
いや本当に休んでくれていいんですよ運転手さん。
「……その前に検問で止められるって」
しかしその前言は、少尉自身によって撤回される。
手元の端末の画面が光り、それに目を落とした直後の発言なのでロンズデイルか運転手あたりから何か連絡が来たのだろう。
というか検問って、俺の世界では警察とかが道路でやってる奴だよな。
なんでこんなところで……?
「何故斯様な場所に検問などがある」
同じ疑問を抱いたらしいオレアンダーの声。
こいつがこの反応を示すということはその検問、あって当たり前のものではないということだ。
そもそも窓から見る限り街道の周囲はだだっ広い平原であり、こんないくらでも避けようがある場所で検問を行って如何ほどの意味があるのかがわからない。
なんだろう、少し嫌な予感がしてきたぞ。
「私にはわかりかねますが、トラブルの気配がしますね」
言いながらちらりと俺を見た少尉の顔には、憐れみの色がありありと浮かんでいた。
きっと、俺と同じようなことを考えているんだろうなぁ……。