第八章:その9
車列が学園を出てから既にそれなりの時間が経過した。
現在は主要な街道を南へと進んでいるらしい。
正直かなり快適だ。
何よりほとんど揺れない。
少尉の運転で帝都に向かっていたときも揺れなかったが、まさかこの図体の車両でも変わらないとは思わなかった。
バスくらいを想定していたら列車レベル、ぶっちゃけ驚愕だ。
この世界というか帝国、都市の外の街道はしっかりと整備されているとは言ってもアスファルトで舗装されているわけではない。
当然デコボコもある。
にも関わらずまるで揺れないということは車に搭載されてるサスペンションとかが相当有能なのだろうか。
もしかすると何かそういう魔法がかかってるとかもあるかもしれない。
元の世界で実用化できたらたぶんすげえ金になることだろう。
「なんて贅沢だ……」
窓から外の美しい景色を眺めながら酒を飲む。
飲んでいる酒もつまみもオレアンダーの持ち込みなので美味く、そして高い。
これはきっと元の世界では絶対に味わえなかった類の贅沢だろうという確信がある。
「妾と子をなせば───」
「それは結構です」
「遮るでないわ」
オレアンダーとの間に子をなしたくはないが、贅沢はしたい。
支離滅裂な思考言動というか、ただのワガママである。
ふとこのまま流されに流されたら……という怖いビジョンが浮かんだが忘れよう、気を強く持とう。
「お主、もしや元の世界に操を立てる相手でもおるのか?」
「いない」
「……見栄くらい張ってもいいんじゃぞ」
なんだ今の間は。
いやまあ即答して後悔した面は確かにあるんだが、これで嘘をつくほうが悲しくなるだろうと言いたい。
なんとなく即座にバレる気もするし。
なので本当の事を言った。
そして悲しくなった。
以上だ、以上なんだ。
「ときに魔王めはどこにおる」
びっくりするくらい話が変わったんだが?
「後ろの車にいるんじゃねえの?」
実はベルガーン、俺がこの車に乗り込んだ瞬間から行方不明だ。
いやまあいつものことといえばその通りなんだが。
ちなみに少尉はちゃんと乗車し、現在二段ベッドの下段に座って本を読んでいる。
「会話に混じる気はないしそもそも話しかけるな」というオーラが全力全開だ。
こちらもいつものことだ、悲しいが慣れた。
「あれには随分と嫌われたものじゃな」
そう言ったオレアンダーの顔には、僅かに不機嫌そうな表情。
ベルガーンがオレアンダーのことを嫌っているのは間違いない。
何しろオレアンダーが部屋に来る時あの魔王は確実に不在なのだ、誰でもわかる。
いつだったか、オレアンダーの声を耳障りと評していたこともあったはずだ。
「理由は何か聞いておるか?」
「酒臭いとかじゃ───何も知らんなあ」
「ほぼ言い終えてから言い直すでないわ」
ただ理由に関して本人は口にしないし、俺自身わざわざ聞くことでもないと思ってるので突っ込んで聞いてもいない。
人が人を嫌う理由などそれぞれだ、好きにすればいい。
このナチュラルに偉そうな二人ならば性格的にそりが合わないとかでも不思議はないからな。
「まあ良い、妾とてあのように暑苦しい筋肉ダルマを鑑賞したいわけではないからな」
筋肉ダルマ……たぶん帝国に達磨はないと思うが、どういう意味の言葉が俺の脳内で翻訳されたんだろう。
さておき、口ぶりから察するにどうやらオレアンダー自身もベルガーンの事が好きではないようだ。
恐らく相性の問題なのだろう、確かに二人が仲良く談笑している光景は想像しがたい。
会話の際は確実にそれぞれの背後に龍と虎が睨み合っているイメージ映像が流れるだろう。
なら同じ空間にいないのは正解だ、他ならぬ俺が助かる。
ギスギスした空間で飲む酒ほど苦痛なものはないからなあ。
なので俺は「そうか」とだけ答える。
それ以上を言う必要も理由もないと、そう思った。
というかあまり考えたくない。
想像上の二人が怖いから。