第八章:その8
オレアンダーの姿は乗り込んだ直後に確認していた。
それでもワンチャン見間違いか幻覚か夢、どれかである可能性に賭けたくなったので見ないふりをしていたのだが……完全に無駄な抵抗となってしまった。
夢じゃありません、現実です……!これが現実……!
「悪いのは目と頭のどちらかと心配したが、大丈夫そうで安堵したぞ」
「どっちも健康だ」
もう一度大きなため息をつき、俺も椅子に腰を下ろす。
当然ながら隣ではなく別の椅子に、だ。
「皇帝が帝都から離れて大丈夫なのか?」
何故ここにいるのか、とは問わない。
どうせ大したことない理由だろう。
たぶん「来たいから来た」とかそんなあたり。
「妾がおらずとも国は回る」
この答えも、正直なところ予想通り。
一緒に酒を飲みながら何度も聞いた言葉なのだから当然だ。
随分と無茶苦茶な話だが、困ったことにオレアンダーがどれだけ遊んで歩いてもこの巨大な帝国は回っている。
これに関しては少尉やアンナさんにも確認済み。
各分野に秀でた五人の影武者と優秀な官僚機構、有能だがそれ以上に苦労人と評判の宰相の尽力。
貴族による各地域の統治も上手くいっているらしい。
つくづくすげえ国だな、と思う。
もしかすると今この瞬間にオレアンダーが死んでも国はうまく回るのではないか。
「してこの車をお主らに送った理由じゃが、”闇の森”攻略の褒美ゆえ気に病まず気楽に使うが良い」
「額がデカすぎる……」
「帝国が得たものに比べたらはした金もいいところじゃ」
文献や口伝に登場しないが故に遺跡としての価値がある太古の街。
希少価値の極めて高く、様々な分野で重用されるドラゴンの骨。
そして他国に何ら干渉されず、交通の要衝になり得る広大な領土。
それらが帝国もたらす利益は、あまりにも莫大だ───そう説明してくれたオレアンダーは、確かにいつもより上機嫌に見えた。
基本的にいつも機嫌はいいのだが、今日はその上鼻歌でも歌い出しそうな軽やかさがある。
正直それを聞いてだいぶ気が楽になった。
後で他の皆にも説明してやろう。
……皇帝から直接聞いたというのは伏せたほうがいいのか?
「何なら勲章もオマケで贈ってやろうか?」
「俺以外の奴らは喜びそうだから贈ってやってくれ」
普通勲章はオマケじゃなくてメインだが、そこはツッコまない。
正確にはツッコめない。
何しろ俺にとってこの国の勲章は確かにオマケ以外の何物でもないからだ。
こういうのを帰属意識が薄いと言うんだろうか。
だがウェンディやメアリ、ヘンリーくんはそうではない。
本人も喜ぶし、きっと家族も喜ぶだろう。
もしかすると一生モノの宝となるかもしれない。
なので是非贈ってやってほしいと思う。
「なんじゃ、まるであれらの保護者のような顔をするではないか」
「……そんな顔してたか?」
まるで自覚がない。
というか保護者のような顔ってどんなだ。
まあ少尉やアンナさんのような部外者を除けば年齢的には一番上だし、そんな顔になることもあるだろう。
ポジション的にはどう考えてもお兄───
「ふん、妾に養われているヒモの分際で」
「待って?」
ヒモって概念、この世界にあるのか。
いやまああっても不思議はないんだけど、それを俺に当てはめるのはやめていただけないだろうか。
なんかこう申し訳ない気持ちと自分に対する嫌悪感が湧いてくる……要するに否定しきれないので。