第八章:その6
そのトラックは、遠目で見るよりも巨大だった。
高さはだいたい俺二人分、三メートル強といったところだろう。
幅もおそらくそれくらいと思われる。
全長は……正確にはわからないが、十メートルくらいはあるんじゃなかろうか。
タイヤは六輪で車高は高く、暗い緑色のカラーリングも相まって軍用トラックかそれに近い車両のように見える。
それが三台、俺たちの目の前で停車した。
真ん中の一台にはデカデカと”帝国七不思議部”というロゴ。
どうやら見間違いとか幻覚の類ではなかったらしい。
なんでこんなロゴが実在するんだよ。
「お前が買ったの……?」
俺は恐る恐る、傍らで呆然としているウェンディに尋ねた。
表情が違うことを示しているが、一応だ。
有力貴族の娘だし、このデカいロゴはウェンディのセンスのような気がするし。
「私の裁量でこれは難しいかと……」
その顔に作った精一杯の苦笑いとともに、絞り出すような声で答えが返ってきた。
まあそうだよな、明らかに高いもんなこれ。有力貴族の家長でも右から左は難しいだろうと思う。
「お待たせして申し訳ありません」
じゃあ誰がこんなものを───そんなことを考えていると三台目、最後尾の車両からロンズデイルが現れた。
荷台部から降りてきたので、人が乗るようになっているようだ。
やはりこれはキャンピングカーかそれに近い代物なんだろう。
元の世界で似たような車が”終末世界を旅してそうなキャンピングカー”って紹介されてるのを見た記憶があるし。
というかロンズデイルの顔にもどことなく困惑の色が浮かんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「ごきげんようロンズデイル少佐……あの、これは?」
挨拶もそこそこに、ウェンディが問いかける。
気になって挨拶どころじゃないよな、すごいわかる。
果たして指さしているのは車かロゴか、あるいはその両方か。
「”闇の森”攻略の褒章として皇帝陛下から皆様へ、是非にと」
───あのやろう。
ロンズデイルの返答を聞いた時、俺の頭に浮かんだのはそんな短い言葉とオレアンダーの笑顔。
ちなみに当然ながら優しかったり爽やかな笑顔ではなく、意地が悪く悪戯っぽい笑顔だ。
確かに皇帝なら馬鹿みたいに高い金も右から左に動かせるかもしれないが、限度ってものがあるだろう。
というかまさかの事態が発生した。
どうやらこの車両は俺たちの物であるらしい。
てっきり軍の車両だとばかり思っていたというか普通はそう考える、誰だってそう考える。
どうしてこうなった。
ウェンディは口元を引きつらせ、ヘンリーくんとメアリはポカンと車を見つめている。
無理もない、どう反応しろってんだこんなもの突然贈られて。
「学生に贈るには金額が大きすぎるとは私からも申し上げたのですが……」
その時のことを思い出しているのだろう、ロンズデイルの顔にはどうしようもない疲れが浮かんでいる。
どんなやり取りがあったのかはまるでわからないが、さぞかしオレアンダーの相手は大変だったことだろう。
心からお疲れ様でしたという言葉をかけたい。
ロンズデイルの弁は全くの正論だと思う。
間違いなく学生の手には余る。
額も大きいだけでなく使う機会も限られすぎる。
普通の感覚をしていたらこんなものは送らない、選択肢にも入らない。
いやまあオレアンダーだから仕方ないとか言われたら反論のしようがないんですけども。
「いずれにしても皆様に贈られたものです、運転は我々がしますのでお寛ぎください」
どうやら中は寛げるようになっているらしい、嬉しいなぁ。
ファッキューオレアンダー。
「これさ、アタシたちに贈られたのさすがに一台だよね……?」
メアリの声がやけに耳に刺さった。
ノーと言いたい。
だがどうしてもノーと断言することができない。
俺たちはしばらくの間、無言で車両を見つめていた。