第八章:その5
その後、出発の日は二週間後と決まった。
期間は長くても一週間程度、調査が上手くいってもいかなくてもそれで帰還ということになっている。
予定の日が来るまで、俺はエドガー・ランスという人物について調べようと決めた。
ざっくり言うと、刺さったのだ。
ただでさえ神話の英雄とか歴史上の武将が好きなので、その二つの合せ技みたいな人物の話が刺さらないわけがない。
……とはいえ俺にそんな難しい字がわからないこともあり、そんな詳しく調べることはできず。
結局簡単な本、おそらくは児童書に近いようなものが読めた程度。
まんが日本の歴史みたいな本があれば良かったが、残念なことにこの国に漫画などというものはない。
少尉とアンナさんによると他の国にも存在しない文化だそうだ。
悲しい、漫画読みてえなあ。
まあ児童書みたいな本も面白かったので特に文句はない。
読みやすかったし。
むしろこういう本をもっと読みたいと思った。
きっと他の英雄英傑のもあるだろうし、頼んでみるか。
あとアンナさんに聞いた話だがこれから俺たちが向かう場所、将軍が最期を迎えた地であるウェルベック砦跡を観光目的で訪れる者はけっこう多いらしい。
この世界でもそういう聖地巡礼みたいなことやる奴大勢いるんだな。
ちなみに将軍の墓があるのは帝都の外れにある軍の集団墓地の中。
葬儀自体は大々的にやったらしいが、墓に関しては当時の皇帝が「将軍は特別扱いを望むまい、戦友たちとともに眠らせてやるのが何よりの弔いだ」と言ってそこに埋葬したんだそう。
こっちもいつか行ってみたいなと思う。
……このようにランス将軍のことを調べたり、時々他の人に浮気したりしていたらあっという間に数日が経過し出発の日がやってきた。
いやマジで、びっくりするくらい早かった。
ただでさえ日々の授業を楽しいせいで時間の経過が早いのに、そこに楽しいものが増えたらこうなるのは仕方がないのかもしれない。
加齢による時間経過の加速は考えないものとする。
結局出発前日も遅くまで読書してしまったせいで今、めちゃくちゃ眠い。
貴族寮の前で皆とともにロンズデイルを待っているのだが、欠伸が止まらない。
立ったまま寝てしまいそうな気さえする。
「切りの良いところまで読もう」はダメだ。
そんなタイミングは永遠に来ない。
「えタカオめっちゃ眠そうじゃん、大丈夫?」
このように俺を気遣ってくれたメアリに事情を話したら爆笑された。
ウェンディとヘンリーくんの顔には苦笑。
少尉とアンナさん、そしてベルガーンはなんとも言えない視線を俺に向けてくる。
やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ。
「子供じゃん、タカオ子供じゃん」
「うっせえわ」
どうやらツボに刺さったらしいメアリの言葉を否定できないのがまた腹立つというか悔しい。
若い連中に混じって学園生活を送っていたら感性が若返ったのか、それとももともと成長していないのか。
果たしてどちらだろう、まあきっと後者だろうなと思うけど。
なんか悲しくなってきた。
「ん?」
そんなやり取りをしながらこらえきれずもう一度欠伸をした時、音が聞こえた。
エンジン音、そうこれは間違いなくエンジン音だ。
だが遠くから聞こえるその音はやけに低く、重い。
”闇の森”に向かう時使った車両の音とは間違いなく違う。
「え、なにあれ」
俺同様に音の発生源を探していたメアリが驚きと困惑の入り混じった声を上げた。
彼女の視線を追いかけ、それを発見した俺の頭をよぎったのも同様の感情というか感想。
いや本当に、何だあれは。
重低音を響かせながらこちらに向かってくる車両は三台。
俺が知る限りでは”トラック”と呼称、分類される大型車両だ。
俺はそれが走っていることに困惑したわけではない。
トラック自体はこの世界に来た直後、”死の砂漠”でも見ている。
あの時は「この世界にもトラックあるのか」と驚愕したが、今回のトラックはその時のものより小型なこともあり「ああいうサイズもあるのか」程度。
色も軍隊っぽい緑色で特に派手ではない。
コンテナ部にいくつか窓がついているように見えるが、もしや居住スペースでも積んでいるのだろうか、キャンピングカーなのだろうかという興味は湧く。
俺が困惑し、他の皆も似たような表情を浮かべながら見つめるのはトラックの側面。
”帝国七不思議部”
そこにはそんな文字がやたらとゴツいフォントで描かれ、踊っている。