第一章:その14
「あー……こんにちは、少尉」
俺の背中をとめどなく冷や汗が流れていく。
ついでに言うと心臓もバクバクだ。
何でかというと、少尉を撥ねそうになったから。
それも間一髪で「回避できた」ではなく「回避してくれた」形。
少尉が背後から猛スピードで迫る俺を奇跡的なタイミングで感知して飛び退いてくれなければ、俺は少尉に激突していたことだろう。
助かった、マジで助かった。
代わりに違う何かに当たったけど。
アレ何だったんだ、ていうか大丈夫かな。
晴れない砂煙の中、未だその姿の見えない「ぶつかった何か」に思いを馳せつつ、俺はここに至るまでの経緯を思い返す。
”魔法の杖”の召喚に成功した俺は、そのまま同化だか同調だかにも成功。
結果とても視点が高くなり、自分の身長が四メートルほどになった気分で若干どころではなく感動した。
次はその場で手を握ったり開いたり足踏みをしたり屈伸したりといった単純な動作をいくつか繰り返し、”魔法の杖”が思い通りに動くかどうかの確認。
そこで知って驚いたのが、”魔法の杖”は完全に自分の身体の延長線上であるかのように動くということ。
運転とか操作とかそういう感覚を想定していただけに、これまた感動した。
『所々、魔力が漏れ出る穴が空いているな』
どうやら意匠が相当珍しいらしい俺の”魔法の杖”をしげしげと眺めていたベルガーンが”それ”を発見したのはそんな時。
”穴”は両肩、両脚、腰部、そして一回りも二回りも巨大なものが背中に装着された二基の装置の中に存在しているようだった。
その中で目視で確認可能な肩と脚……ふくらはぎに開いた”穴”を確認した俺は、即座にその正体を確信する。
「バーニアだこれ」
バーニア。
仕組みに関しては知らないので語れることは全くないが、ロボットものでおなじみの推進力を発生させる装置である。
それが俺の”魔法の杖”の身体中に……しかも背中には大型のものが二基もくっついているのだ。
我ながら随分とメカニカルなものを召喚したものだ、と思う。
たぶんフォルムの騎士らしさは少尉の白銀の騎士のイメージに引っ張られ、そして細部のメカっぽさは元の世界での趣味に引っ張られたなこれ。
色はさっぱりわからん、何で黄金なんだよ。
まあ、ベルガーンが強い興味を抱くのも仕方ないだろう。
というか俺自身改めて全体像を確認したい。
間違いなく俺好みの見た目だという確信がある。
話を戻そう。
俺のテンションを爆上げしたバーニアには一つ問題があった。
端的に言えば使い方が分からないのだ。
取扱説明書も親切なチュートリアルもないのだから当たり前だし、さらに言えばコントローラーもないので適当に試してみることもできない。
これは無理かと途方に暮れかけたのだが───
『その”穴”の場所に魔力を集中させてみよ』
ベルガーンの助言により、状況は一瞬で解決した。
たったそれだけのことで両肩、両脚、腰部のバーニアを利用したダッシュやジャンプの使用実績が解除されたのだ。
飛び回るのはけっこう楽しかった。
「魔力を集中させる」とかいう行動が一発で出来、その後も難しいと感じなかったのは何度か魔法を使う機会があったせいだろうか。
ファンタジーに慣れてきた実感が湧く。
何にしても、俺はこれで完全に調子に乗った。
ぶっつけ本番、練習なしで背中のデカいバーニアを全力で噴射してもいけるだろうという根拠のない自信に満ち溢れてしまったのだ。
『嫌な予感がするからやめろ』
「俺はしないから大丈夫」
それがその時ベルガーンと交わした短い会話。
何度思い返してもクソみたいな受け答えとしか言いようがない。
急いでいたというのがまずある。
僅か数分ながらチュートリアルで時間をロスしてしまったという思いがあったせいで、「これ以上はいいや」という駄目な思考に至ってしまったんだろうと思う。
あとは謎の万能感もあった。
あの時の俺は、不安など微塵も感じていなかったと断言できる程度にはテンションが高かったのだ。
結局俺はベルガーンの制止……半ば諦めていたのか強くは止められなかった気がするが、何にしてもそれは聞かずに全力で背中に魔力を流し込んだ。
全力でのバーニア点火。
そう、全力だ。
……出力を甘く見ていたと思い知るまでには数秒しかかからなかった。
何しろ発生した凶悪な運動エネルギーを全く制御できなかったのだから。
そして俺の”魔法の杖”は、完全に暴走状態となった。
まあ進行方向が合っていたことだけが救いと言えば救いだろう。
良かった……マシだったのはそれくらい。
そしてフルスピードの暴走状態で魔獣の群れに突っ込み、魔獣をまるでボーリングのように次から次になぎ倒して進んだわけだが……正直爽快感より恐怖が勝った。
何しろその間俺が心中で最も多く呟いたワード、トレンド第一位は「避けてくれ」だ。
敵なのになあ。
しかも魔獣にぶつかった程度で俺の”魔法の杖”は止まるどころか減速すらしなかった。
まあ今思えば背中の高出力バーニアに際限なく魔力を流し込んでいたのだから当たり前なんだが、暴走中でパニクってる俺がそんなことに思い至るはずがない。
そんな暴走の果て、進路上に白銀の騎士が見えたときは正直終わったと思った。
なんか時間の流れがひどくスローになって走馬灯も見た気がするが、特に何もできなかった。
結局少尉の側が咄嗟に避けてくれたおかげで事なきを得はしたが……その向こうにいた謎の黒い奴には、どうする事も出来ずに衝突してしまい、今に至る。
これが俺の暴走に関する全てだ。
本当にごめんなさい。
「……あの黒い奴、味方とかじゃないよな?」
ぶつかった時印象に残ったのはその色だけで、はっきり姿が見えた訳では無い。
てだなんか人型だったような気がする。
そうなると”魔法の杖”だった可能性が高まるわけで……やべえ、帝国の人だったらどうしよう。
「何してるの」
そんな不安を抱きながら砂煙の向こうを見つめる俺に向けた少尉の声は微妙に……いや、明確に怒気をはらんでいた。
「なんで逃げてないのさ」
ただ怒りの理由は暴走して撥ねかけたことではなかったらしい。
少しホッと…、いやホッとしちゃ駄目だな。
怒って当然ではある。
少尉たちにとって俺やベルガーンは一番守らなきゃならないモノ、この遺跡の最重要出土品なのだから。
何ホイホイ前線に出てきてんだって話だ。
「……逃げたらぜってえ後悔するだろうって確信があったんで」
ここに来た理由はそれだけ。
通る理屈があるわけでも、何か勝算があったわけでもない。
ただ少尉たちを助けに行きたいと思った。
本当にそれだけだ。
『続きは後にせよ』
言葉を続けようとした俺と何か反論しようとした少尉。
その双方をベルガーンのよく通る声が制する。
こいついつの間に追いついてきたんだ、それともずっと横にいたのか。
見れば僅かに晴れた砂煙の向こうで、さっきぶつかった黒い奴がよろよろと起き上がろうとしているのが見えた。
けっこう距離が開いているところを見ると、ずいぶん派手に吹き飛ばしてしまったようである。
なんかすまん。
『クロップ、あの“デーモン“の相手は此奴がする。貴様は魔獣の群れの方に向かえ』
「……“デーモン“って何、っていうのはさておき理由は?」
いや本当に何だ“デーモン“って。
しれっと新しい固有名詞出すな。
まあそれは置いておくしかないので置いておくとして、まさかの大抜擢。
強さの程はわからないが、あのボスっぽい見た目の黒い奴の相手を俺一人でやれとベルガーンは言っている。
『此奴は貴様と組んで戦ったり、群れを手早く狩ったり器用な真似ができん』
「ああ……なるほど」
理由がまさかの消去法だった上に、少尉も即座に納得。
どんな理由でどんな流れだ。
『ただあの“デーモン“の相手ならば、問題なく勤まる』
ベルガーンが強くそう断言する。
正直何故そう思われているのかはわからないが、もし俺に任せてもらえるのなら任せて欲しい。
確かに少尉なら俺と違って、後ろで頑張っている“アームド“連中のフォローもうまくやるだろうから。
「……わかった」
少し逡巡する様子を見せた少尉だったが、返ってきた言葉は承諾。
「時間を稼いでくれるだけでいい、すぐ戻る」
そしてそんな言葉を残し、少尉は踵を返した。
無理はするなってことだろう。
だが残念なことに、今の俺にはどこからが無理なのかがわからない。
なので……頑張るしかないのだ。
「さて」
俺は黒い奴……“デーモン“とか呼ばれていた巨人の方へと向き直った。
改めて見ると”ワンド”っぽい見た目だが何かが違うと、そんな印象を受ける。
何がどう、という部分は上手く言語化できないんだが……邪悪、なんか邪悪なオーラを放っているような気がする。
そんな敵っぽい見た目の“デーモン“や周囲の魔獣たちは、俺を警戒でもしているのか視線を向けてくるだけで襲いかかってはこない。
少尉との会話中も動かなかったことに対しては、空気を読んでくれてありがとうと感謝の言葉を述べたい。
「俺の初陣だ、相手のほうよろしく頼むよ諸君」
この戦いは俺にとってこれ以上なく初陣。
なんせ喧嘩もしたことがない人生だ、当然魔獣なんかと戦ったことも……命のやりとりをしたこともない。
当然怖いという気持ちはある。
この世界に来てから図太い図太いと言われまくっている俺のメンタルとてそこまで強靭……というか麻痺してはいない。
だが、きっと大丈夫だと思う。
今の俺には、こいつがいる。
「行くぞ、“オルフェーヴル“」
俺の剣にして鎧、相棒にして半身。
“金色の暴君“の名を与えた、黄金色に輝く”魔法の杖”。
こいつは───きっと最強だ。