プロローグ:その2
異世界転生というのは、肉体なり魂なりが何らかの原因で別の世界に飛ばされる現象だ。
生きたままだと異世界転移とか召喚になるんだったか。
漫画や小説、ドラマや映画などの導入でよく目にするイベントである。
なるほど確かにこの摩訶不思議な空間はそれっぽい。
目の前にいる筋骨隆々の男も、角が生えていたり衣服がファンタジーっぽかったりとそれっぽい。
とりあえず頬を強めにつねってみる。
また奇行を見られる羽目になるが、これが夢かどうか確認する作業はどうしても必要だ。
うん、痛い。
ということは夢じゃないなこれ。
「真顔で奇行を繰り返されると、反応に困るのだが?」
「あっすいません」
男はもはや呆れを通り越して困惑しているようだった。
そりゃそうだろうとは思うが、こちらにものっぴきならない事情がある。
恥じらいを捨て、印象を犠牲にしてでもやらなければならないことなのだ。
……たぶん。
「ええっと、私はタカオ。細田隆夫といいます。お名前をお伺いしても?」
次にやらなければならないのは、情報収集。
男はこの場所のことを知っている。
もしかしたら現実世界に帰る方法も知っているかもしれない。
それらを聞き出すために、俺はなけなしの対人スキルを用いて対話を試みる。
まず最初に得るべき情報、それは相手の名前だ。
名前は円滑なコミュニケーションのために必須なものと言っていい。
「余は魔王ベルガーンである」
魔王。
そうか、魔王か。
あと一人称余か。
円滑なコミュニケーションどころか、生きて帰れる自信がなくなってきたんだが。
だがそんなことは言っていられない。
今は元の世界に戻れるかどうかの瀬戸際なのだ。
……どっちかというと生きるか死ぬかの瀬戸際かも知れない。
覚悟を決めた俺は「実は」と自らの身の上を語る。
おそらくベルガーンと俺は違う世界の住人であろうことを説明する。
「おそらく魔王様の世界、魔法とかあるでしょう?」
「うむ」
「俺の…私の世界にはないんですよ魔法」
「ほう」
初めこそ怪訝そうな顔をしていたベルガーンも、少しずつ興味深げな相槌が増えていった。
ひとまず話を聞いてくれそうなことには安堵。
どうやら好戦的なタイプの魔王ではなさそうだ、良かったマジで。
さておき俺の説明に対する反応を見る限り、魔王の世界は予想通りファンタジーな世界観のようだ。
この見た目と”魔王”って肩書で「実はサイバーパンクな世界の住人です」とか言われたらどうしようかと思った。
これならば魔法の知識もあるだろう。
なんたって魔王だ。
俺は早々に元の世界に帰れるかもしれない。
「……という訳で、元の世界に戻る方法などご存知ないかなと」
「知らぬ」
「即答ありがとうございます」
救いはなかった。
そんな力強く断言されると凹むんですけど。
「だが貴様がここに来た理由については思い当たる節がある」
「ええ!?教えてください!!」
救い、あるかもしれない。
俺はこの場所……世界の狭間に来た原因にまったく心当たりがない。
だがもしその原因さえわかれば、まったく逆の行動をすることにより元の世界に戻れる可能性がある。
これはあれだ、蜘蛛の糸って奴だ。
しっかりと聞こう。
「まず、貴様は魔力量が桁外れだ」
俺の魔力量。
「そこいらの魔導師はもとより、魔王と呼ばれた余ですらそれほどの魔力は蓄えられぬ。もはや神の如き才能よ」
神の如き才能。
「おそらくはそれが暴走したのだ」
「待てや」
いかん、思わずタメ口でツッコミを入れてしまった。
ご不興を買ったらどうしようかと思ったが、表情を見る限りベルガーンは気にした様子がない。
意外と心が広い魔王なのかも知れない。
だがいくら何でも「待てや」で会話を止めたまま何も言わないのは失礼に当たる。
相手が魔王かどうかは関係なく、一般社会でも普通に失礼だ。
ひとまず「失礼しました」と謝罪を入れて、会話を再開する。
「暴走とは……?」
「貴様の世界には魔法がないのだろう」
「ないですね」
「消費する機会がないまま限界まで魔力が溜まった故決壊したのだろう。貴様はその限界が桁外れ故、禁術が行使されたが如き魔力の暴走が巻き起こったのではないかと想像する」
なんてこった。
まさかのエクストリームお漏らしである。
というか魔力って何だよ、あると言われても自覚したことすらねえわ。
現実世界では何の役にも立たない上に持ち主を葬り去ろうとする才能ってなんだ、新手の病気か。
一度は言ってみたかった「自分の才能が恐ろしい」を実際に言う羽目になる日が来るとは思わなかった。
「あれ、今魔王様禁術って言いました?」
禁術が行使されたが如き。
ベルガーンは確かにそう言った。
俺はこの時、ようやく「この魔王は何故こんな場所にいるのだろう」という疑問が浮かぶ。
ラスボスが居そうな場所だから完全に失念していた。
もしや、と嫌な予感が俺の頭をよぎる。
「余をこの場所に飛ばした術だ」
やっぱり。
嫌な予感大当たりである。
なんで魔王を封印するために使うレベルの術が暴発で起こるんだよ俺の身体。
「その禁術ここで使ったら元の世界に戻れません?」
「余の魔力量では━━━そうか」
ベルガーンはおそらくその禁術を使えない。
使えたらとっくに帰っているはずだからだ。
そして使えない原因はどうやら魔力量に由来するらしい。
ならばワンチャン解決策が用意できる可能性がある。
「俺の魔力量なら行けるんじゃ?」
まあどの程度の魔力が残ってるかは知らんけど、暴発ですっからかんってことはないだろう。
神の如き才能らしいし。
「不可能ではないだろうな」
やったぜ。
「だが問題がある、何処で術を行使すれば貴様の世界に繋がるか見当もつかぬ」
あーそうか、今度はそれがあるのか。
ここから繋がる世界が、俺やベルガーンの世界だけとは限らない。
というか間違いなくいろんな異世界があるだろう。
さすがに何度も何度もチャレンジするものでもないし、とても人間が生きていける環境でない世界に繋がるリスクもある。
「それを見つける便利な魔法とかは」
「少なくとも余は知らぬ」
ですよね。
クソデカため息。
とりあえず、元の世界には帰れなさそうということはわかった。
かといって、この明らかに何もない空間に居続けたいとも思わない。
「じゃあ、魔王様の世界へは行けます?」
「それは可能だ」
よし、第一関門クリア。
というかダメなら詰んでいたんだが、良かった。
「じゃあそっち行きません?俺が禁術とやら使いますんで」
とりあえず、ここから出るのが最優先だ。