第七章:オレアンダーとアンナ・グッドウッド
「以上が本件の報告となります」
数日後、昼下がりの貴族寮。
異世界人の部屋にて、部屋の主が不在にも関わらず酒を飲みながら寛いでいる女帝に向け、メイドが”闇の森”にて起こった事の顛末を報告していた。
何故主不在の部屋で女帝が酒を飲んでいるのか。
何故既に指揮官や武姫が正式な報告として各所に上げている事案を自分が改めて報告させられているのか。
すごい本数の酒瓶が空いたが、まだ飲む気なのか。
メイドとしては他にも問いたいことが多くあったが、口には出さない。
理由としては問うても無駄だろうという諦観が主である。
「やはり妾も行けば良かったわ」
全てを聞き終えた後にそう言った女帝の声は、心底残念そうであった。
彼女は当時公務中であり普通であればそんなことは不可能なのだが、そこで一悶着あったという話をメイドは知っている。
女帝が突然公務を放りだして”闇の森”に行くと言い出したらしい。
当たり前の話として女帝のわがままは通らなかったのだが、その場にて説得にあたった重臣や同僚のメイドたちの苦労は察するに余りある。
ありありと浮かぶその情景に身震いしながら、メイドは彼ら彼女らの苦労を偲んだ。
ちなみに理由は全くの不明。
メイドとしては何らかの方法を用いて”闇の森”調査隊、特に異世界人の状況を確認していたのではないかと考えているが、こちらも問うても無駄だろうという諦観から未確認である。
「にしても、まさか”闇の森”が消えてなくなるとは思わなんだわ」
「そちらは全くの同感です」
「そちらはとは何じゃ」
そう、”闇の森”と呼ばれた未踏の地はもう帝国のどこにも存在しない。
調査隊が街を出ようとした時、眼前に広がっていたのは平原。
鬱蒼とした木々も、凶悪な魔獣の群れも綺麗さっぱり消えていたのだ。
まるで”闇の森”もまた街を覆っていた結界の一部であったかのように、諸共に。
今後帝国の地図は大きく変わっていくだろう。
”闇の森”が存在したのは東部と南部を結ぶ主要な街道のほど近く。
そんな場所に突如として都市跡と平原が出現したのだ。
その場所がどのような変化を遂げるにしても、帝国に与える影響は大きい。
「あれが来てから、実に色々なことが起こる」
メイドとしては、女帝の物言いに対して全面的に同意することはできない。
彼女達王宮付のメイドは日々目の前の女帝に振り回され、何もない日などそうそう存在しないのだから。
ただ異世界人が現れてからというもの、帝国で大きな出来事が多発しているのは事実。
外部の工作が疑われているオーモンド公爵令嬢の誘拐事件。
”狭間”という得体のしれない空間に繋がった学園。
長男が廃人化したことにより突如降って湧いたサウスゲイト公爵家の後継者問題と、それに端を発する南部諸侯の混乱。
”闇の森”の消失。
さらには女帝の暗殺未遂まで起こっている。
これに関しては他ならぬ女帝本人が些事と切り捨てているのだが、間違いなく大事件だろうと言いたい。
このようにどれか一つでも大事件と呼べるものが連続して起こっているのだ、それも短期間のうちに集中して。
それは今後も続くだろうし、騒動の中心にはきっと異世界人と魔王、そして彼らを取り巻く人々がいることだろうという確信がある。
彼らを守護すること、そして問題を解決に導くことがメイドに課せられた役割。
片時も目が離せないのは困りものだが、それでもやりがいのある仕事だとは感じていた。
「何かあったら直ぐに報告せよ」
ソファに背を預けた女帝の表情が、僅かに真剣なものに変わる。
そしてその視線はテーブルの上、酒瓶やグラスの傍らに置かれた端末へと向けられた。
「特に此奴に関してはな」
そこにはメアリ・オーモンド、令嬢の姿が映し出されている。