第七章:その32
日光を浴びるのは久しぶりのような気がする。
気分も晴れ晴れ、心なしか体も軽い。
実際には久しぶりというほどでもないんだが、今日は朝から”闇の森”にこの街とまともに日が差さない場所にずっといたのだからこの感覚もやむなしだと言い張りたい。
「それにしてもでけえな」
そんなわけですっかり明るくなった街の中、俺と少尉とついでにベルガーンはある物を見上げている。
巨大なドラゴンの骨だ。
ベルガーンがもうなんかすさまじい力の差を見せつけてドラゴン……最終的にはもう原型とどめてなかったけど、それを倒した後に青黒い煙の中からこれが現れたのだ。
動く気配は一切なく、今も瓦礫の山の上に横たわったまま。
ところどころ砕けてたり割れてたり斬れてたりするのは間違いなく俺たちのせいだろうという確信がある。
『この街の儀式魔法は、これを蘇らせるためだったやも知れぬ』
ベルガーンが言うには儀式魔法に用いられていた術式は、雑に邪教と括られる連中が良く用いる”復活の呪文”によく似ていたらしい。
復活の呪文などという夢のようで物騒な代物は、俺がいた世界ではおおむね失敗するものというイメージが強い。
しかも今回のように邪教などというワードが出てきたらほぼ確定と言って良いだろう。
失敗するだけならまだしも、災厄を振りまきかねない危険な代物。
まあ実際に存在するわけではなく多くの創作物ではそうなっているというだけの話だが。
「で、これは成功なの失敗なの」
少尉の言葉に、もう一度ドラゴンの骨を見上げる。
果たしてこれは成功なのか失敗なのか、俺にはわからない。
ベルガーンもただ一言『わからぬ』とだけ答えた。
もしドラゴンを復活させたかっただけなら成功だろう。
ドラゴン、めちゃくちゃ元気いっぱいだったし。
ただ他の目的、例えば街を守るためにやったとかなら何をどう考えても失敗だ。
街のガワだけ綺麗に保存して、街の住人たちは皆ゾンビに成り果てて……果たしてそれに、何の意味があるのか。
手を合わせ目を閉じる。
ドラゴンに向けて、この街の人々に向けて。
『それは貴様の世界で死を悼む所作か』
「そのうちの一つだな」
俺はこの街の人々のことは名前どころか顔も知らない。
街の名前すら知らないので、当たり前といえば当たり前だが。
それに合掌がこの世界で意味のある動作なのかもわからない。
仏教やそれに近い宗教は、少なくとも帝国にはないようだし。
それでもやっておいた方がいいと思った。
安らかに眠ってほしいと思った。
しばしの沈黙が流れる。
そして背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえた気がして、振り向いた。
こちらに向かって歩いてくる、ロンズデイルたちの姿。
その先頭では、メアリとウェンディがこちらに向かって手を振っている。
たぶん俺を呼んだのはこいつらだろう。
「元気そうで何より」
それを見て俺の顔には苦笑が、心には安堵が浮かんだ。
「帰るか」
『そうだな』
こうして、長かった”闇の森”探索は終わった。
ほとんどこの名も知らぬ街で探索……と言うか戦闘していたような気がする。
疲れた、と思う。
もう懲り懲りだ、と思う。
全員無事で良かった、と心から思う。