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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第七章:一般人、立ち向かう。
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第七章:”王者の讃歌”

そのドラゴンがかつて有していた狡知はとうに失われ、今は動物的な本能と防衛機構的な反応のみを行動指針としている。


眼前の強く目立つ存在───金色の”ワンド”に固執したのもそのためだ。

本来の思考能力が残っていたならば、羽虫の如き小物であったとしても儀式魔法の中枢に近付く群れの処理を優先しただろう。

だが悲しいかな今のドラゴンには、そのような正しい判断を下す能力はない。

儀式魔法の解除により自らの存在が消え去る瞬間が設定されて尚、行動指針は変わらない。

むしろ、突如芽生えた焦りにより悪化したとすら言える。


そんなドラゴンが、動きを止めた。

強い警戒の色、これまでは見せることのなかった挙動を”それ”に向ける。

視線の先には、先程までと変わらず金色の”ワンド”。

だがその姿には数多くの変化があった。


陽光を受けているが故により一層の輝きを放っていること。

両の手に一本ずつ鉈のような得物が出現したこと。

そして佇まいがまるで別人のようになったこと。


むしろ同じと言えるのは見た目のみであるとすら言える、そんな変化の数々。


ドラゴンの意識が他の全てを切り捨て、そちらに集中する。

自身に対し断続的にダメージを与えてきたもう一体の敵、銀色の”ワンド”すらも完全に思考の外へと消えた。


そしてその銀色の”ワンド”もドラゴンから距離を取る。

もう自分の役目は終わった。

あるいは、巻き込まれてはかなわないとばかりに。


『礼は必要か、堕ちたるドラゴンよ』


低く、落ち着いた声。

先程まで金色の”ワンド”が発していた声との違いは、明らかだった。


それにドラゴンは答えない。

魔王の言葉は会話ではなく、戦闘が始まる合図となった。


ドラゴンの口から放たれたのは、炎。

岩や鉄すらも溶かす、巻かれれば”ワンド”すらも無事では済むまいと思える熱。

自身に迫る、視界を真っ赤に染めるそれを魔王は避ける素振りもなく静かに見つめ───


『行くぞ』


短い言葉とともに、魔王は躊躇うことなく炎の中へと突っ込んだ。

その身を焼き尽くさんと炎が纏わりつき───そして不可視の何かに阻まれる。

360度、全方位に展開された強固極まる魔法障壁。

それにより光も熱も、魔王を止めるどころか僅かな傷すらもつけることが叶わない。


至極あっさりと、魔王は炎を抜けドラゴンに肉薄する。

その様はまるで、黄金の光が炎の壁を刺し貫いたかのようだった。


一瞬の交錯。

その僅かな間に二度、魔王は鉈を振るった。

左右一度ずつ、それぞれ首と翼へと向けて。


小さな、風を切る音だけが聞こえた。

だが目に見える形で現れた結果は、とても大きい。


半ば以上を断ち切られた首と、完全に両断された翼。

それぞれの箇所から青黒い煙が吹き出し、断ち切られた翼はそれ自体が煙となって消える。


『年季が足りぬとはいえ、竜鱗は竜鱗か』


首も切り飛ばすつもりだったと、そう言いたげな魔王の言葉。


それを尻目に、ドラゴンが地に堕ちる。


儀式魔法が十全に機能していれば、堕ちる前に翼は再生しただろう。

だが現状は、そうではない。

再生は間に合わず、また再生しても中途半端。


この瞬間、ドラゴンの飛行能力は完全に失われていた。


『にしても───』


その先の言葉を、魔王は紡がない。

ただ哀れみを込めた視線を、轟音とともに街へと落下したドラゴンへと向ける。


瓦礫の中、首をもたげ空を見上げるドラゴンの姿。

もはやそこに、ドラゴン特有の力強さや雄大さは存在しない。

空の覇者と呼ばれた種族の面影は、どこにもない。


肉体の再生自体はどうやら終わったらしい。

だがその質が、さらに落ちている。


首の傷は無理矢理挽肉の塊を詰め込んだかのように盛り上がり、翼はまるで折れた傘のような代物が生えている。


その姿はさながらドラゴンのゾンビ。

グロテスクで気味が悪い、そんな印象を振りまく存在に成り果てていた。


───そんな目で見るな。


まるでそう言っているかのように、咆哮が響く。

そしてお前だけは殺すとばかりに、魔王を睨みつける。


ドラゴンの身体に、赤い光の線が走った。

何度も、何度も。


それは異世界人が恐怖を感じた光線、あるいは熱線の発射を準備する挙動。


その途上で再生した翼も無事な翼も消え去った。

他にも何箇所か同様に消え去った部位が見て取れる。

自身の肉体を構成する魔力すらも、攻撃に回そうというのだろう。

文字通りの全身全霊。

膨大な魔力が大きく開いたドラゴンの口に集中する。


『よかろう』


それを眺める魔王は、動かない。


これから放たれる攻撃を知らないわけでは無い。

魔王は先程の発射を見ている。

全ては知らぬまでも速度、威力ともに強力な攻撃であることは知っている。


『来い』


「それでも尚」あるいは「だからこそ」。

魔王は、動かない。

迎え撃つことを選ぶ。


視界を真っ赤に塗り潰す赤い光。

先程のそれの何倍も何倍も強力な熱線が、放たれた。


射線上、泰然自若と佇んでいた魔王はそれに対し───力強く、鉈を振り下ろした。


斬撃を飛ばすという技が存在する。

「魔力を込め剣を振るうことによって遠い場所を斬る」という現象を起こす技だ。


魔王が放ったのは、まさしくその技。

起こったのも、まさしくその通りの現象。


されど、そこには理解し難い光景があった。


熱線が、真っ二つに割れたのだ。


”斬撃”が真っ直ぐに、真っ直ぐにドラゴンへと向かう。

まるでバターにナイフを入れたかのように滑らかに、熱線を斬り裂きながら。


自身に迫るそれを見つめるドラゴンは、果たして何を思っただろうか。


焦り、恐れ、諦めのどれかか、それ以外の何かか。

あるいは既に思考をするだけの”機能”を保持する魔力すらも攻撃に回し、失われていたのか。


答えはもう、永久にわからない。


熱線、強靭な鱗、分厚い肉、硬い骨。


”斬撃”はそれら全てを切り裂き、大地を深く抉り、そして消えた。



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