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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第一章:一般人男性、異世界に触れる。
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第一章:シオン・クロップと"ワンドもどき"

三人称視点です。

絶え間なく舞い上がる砂の中で幾度も交錯するのは、光り輝く白銀と闇のような黒。

そして硬いものがぶつかり合う音と激しい爆発音が、砂漠に絶え間なく響き続ける。


(思ったより厄介だな)


“ワンドもどき“が放つ光弾は、一撃で魔獣を吹き飛ばすほどの威力を持っている。

まともに食らえば“ワンド“とてひとたまりもないだろう。

それが一度に複数発、さしたる予備動作もなく放たれるというのは厄介なことこの上ない。

実際、シオンはそのせいで上手く攻勢に出られないでいた。


それでも彼女は隙を突き、あるいは爆発を掻い潜り、一気に間合いを詰めて剣による一撃を見舞うという攻撃自体は何度もできている。

できてはいるが───そのことごとくが不可視の何か阻まれている、というのが現状だ。


(魔法障壁を、随分と上手く使う)


剣での攻撃を防ぎ、その度に硬い音を響かせる不可視の防壁の名は魔法障壁。

魔力で壁を作り攻撃や衝撃を防ぐという、言葉にすれば単純極まる魔法による防御法である。

そして実際行使自体もそう難しくはなく、魔導師が扱う術の中では基礎も基礎。

魔法を習いたての子供でも使えるような代物だ。


だが、それを実戦で使うとなると話が変わってくる。

当然ながら障壁のサイズが大きければ大きいほど、強固であればあるほど、展開する時間が長ければ長いほど魔力消費は嵩むため、常に展開し続けるわけにはいかない。

そのため実戦においては「必要なタイミングで必要な範囲、強度のものを展開する」という言うは易く、行うは難い運用を求められる魔法……熟練の戦士とそれ以外を分ける試金石としても見られる難易度の魔法となる。


さて、“ワンドもどき“がやっているのは「魔法障壁を適切なタイミングで適切な範囲に展開することでシオンの攻撃を完璧に防ぐ」という、まさしく熟練の運用。

シオンの剣撃がサンドストーカーの硬い外殻をものともしない威力であることを考慮すれば、その強度も相当なもの。

これらは”ワンドもどき”が高い魔力と精緻なコントロール、その両方を併せ持った強き戦士であることを十分な程に示している。


さらに言えば、恐らくは相当な魔力を使用しているであろう光弾と併用して、という点がもはや尋常ではない。

明らかに大量の、常人ならば既に使い果たしていてもおかしくない程の魔力を平然と垂れ流し続けているのだ。


”ワンドもどき”の能力が魔獣など言うに及ばず、人間の魔導師と比較しても相当な上澄み……紛うことなき強者に分類されることに疑いの余地はない。


(急ぐべきかな)


とはいえ、実のところシオンはまだ手札……例えば「魔法障壁を抜く手段」などを所持している。

だが未だ相手の実力の底が見えない現状において、先に札を切ることに対する躊躇がある。


さらに言えば、彼女の戦いは“ワンドもどき“を倒せば終わりというわけではない。

むしろ本番は周囲にいる大型魔獣の群れの方。

“ワンドもどき“が魔獣たちの親玉だという確信じみた予感こそあったが、それを始末したからといって魔獣たちが解散してくれる保証などどこにもない。

故に、ここで魔力を浪費することに対する躊躇もある。


それら二つの躊躇が重なった結果シオンが選択したのが、現在の若干消極的とも言える戦法。


(けれど)


後方から聞こえてくるのは魔獣たちの咆哮と、絶え間なく響き続ける銃声。

それは彼女の友軍がまだ持ちこたえていることを意味する。


「これ以上、時間を食うわけにもいかないな」


だが、彼らは永遠にそのまま戦い続けられるわけではない。

魔法で形作られたものでない以上、弾薬は使えば減るし武器自体も使い続ければ故障のリスクが高まる。

この常軌を逸した数の魔獣が相手では、そうかからずに限界がやってくるだろうことは想像に難くない。


いつまでも”ワンドもどき”にかかずらうわけには行かないと、これ以上ここで足止めされるわけにはいかないと、シオンは腹を括る。


そうして彼女は身を屈め、低い体勢で剣を前に突き出す構えを取った。

そしてその周囲に迸る、目に見える程強い魔力。


彼女が放つただならぬ気配、あるいは膨大な魔力を察したのか、“ワンドもどき“が僅かに後ろに跳んだ。

その挙動には、これまでにはなかった強い警戒の色がある。


あらゆる音が消えたかと錯覚するほどの緊張感が場を支配する。

僅か数秒のことながら、当事者たちにとっては長い長い対峙の果て───


いざ地を蹴らんとシオンが右足に体重をかけた刹那、その背筋を猛烈な悪寒が駆け抜ける。


何かを感じ取った方角に視線を向けることなく、彼女は回避行動を取った。

そしてそれはギリギリ……あるいは、もはや奇跡としか言いようのないタイミングだった。


数瞬、下手をすれば一秒にすら満たない直前まで彼女がいた場所を、何かが通り過ぎる。

風を巻き起こし、大量の砂を巻き上げ……「凄まじい」としか評しようのない速度で突っ込んできたのは、光輝く何か。


それが人の形をしていることに彼女が気付いたのとほぼ同時。

まるで砲弾が炸裂したかのような音とともに、”それ”が“ワンドもどき“に直撃した。


「な───」


判断が一瞬遅れていれば……否、行動に判断を挟んでいたならば、”それ”が衝突した相手はシオンだったろう。


視界が完全に奪われる程の砂煙に巻かれながら、強い警戒を込めた意識を砂煙の向こうに向けながら、彼女は思考を巡らせる。


───後方から猛スピードで飛んできた人形の何かが自身を掠め、そして”ワンドもどき”に衝突した。


それがシオンが認識できた全て。

それ以外のことは、何も分からない。


”ワンド”のように見えたそれは実際に”ワンド”か、それとも”ワンドもどき”の仲間か。

”ワンド”であれば何者か、いずれにしても目的は何か……様々な疑問がシオンの頭の中を巡る。


「あ、危なかった……」

『だからやめろと言ったのだド阿呆』


その時聞こえた声に、会話に、彼女は眉をひそめた。


それは、ここにいるはずがない者たちの声。

それは、真っ先にこの戦場から逃げ出していなければならない男たちの会話。


砂煙が僅かに晴れた時見えたのは、一体の“ワンド“の姿。

ひどく奇異な”ワンド”だった。


装甲は騎士の甲冑を模したかのようなもので、これだけならばさして珍しいものではない。

特徴的なのは、その身体の各所に装着された”機械”としか言いようのないパーツ。

その代表格が、背部に存在する二基一対の大きな装置。

武器らしきものは、所持していないように見える。


そして何より目を引くのは、その全身を彩る眩い黄金色。

砂漠の強い光を反射し光り輝くその様は、まるで太陽がそこに降りてきたかのようだった。


シオンにとっては初めて見る意匠。

”ワンド”は召喚者の魔力の強弱のみならず種族や性格、深層意識にある憧れまでもを参照した造形で現れるとされているが……その”ワンド”は少なくとも既存の常識からは外れていると言わざるを得ない。


「あー……こんにちは、少尉」


間の抜けた声。


それは、間違いなくこの世界の常識から外れた男の声だった。



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