第七章:その31
俺がそれに気付いたのは、もはや何度目かもわからない突撃を敢行してドラゴンの腕をへし折った直後だった。
「これ、明るくなってきてるよな?」
今いる場所、街の上空よりもさらに高い空を見上げる。
先程までぼんやりした光の輪が浮かぶだけだった場所から、強い光が漏れ出していた。
まるで、きっちりと閉まっていたフタが僅かに開いたかのように。
「やったのか、あいつら」
嬉しい、あとホッとした。
俺の今の気持ちを言葉にするなら、たぶんこう。
味方がホームランを打ったらこんな気分になるのだろうか。
変化は、ドラゴンにも起こった。
先程までならベキボキと嫌な音を立て元に戻っていたであろうドラゴンの腕が治りきらず、歪な形状のままなのだ。
直後に少尉が抉った肉も同様。
傷自体は塞がったものの、まるで焼け爛れた痕のようになったところで再生が止まった。
「これは、あと少しって言ってもいいよな?」
そうであってくれ、という念を強めに込めた俺の独り言。
そしてそれを肯定するかのように、ドラゴンの身体から青黒い煙が立ち上り始めた。
鱗の隙間から、目や口から、僅かずつではあるがまるでドライアイスが気化するように。
あれは間違いなく終わりが近い。
そう断言していいはずだ。
ホッとした。
めちゃくちゃホッとした。
脱力したせいで攻撃を食らいそうになった程度には、ホッとした。
そんな俺とは対照的に、ドラゴンはひどく焦っているように見える。
咆哮からも動きからもにじみ出る、ど素人の俺が察せるほどの焦り。
今の攻撃をかわせたのも、そのせいで動きが雑になったからだろう。
まあタイムリミットが突然生えてきたんだから、焦るのは当たり前と言えば当たり前なんだが。
『あとは時を待つのみで良い』
声が聞こえた。
いつの間にかベルガーンも戻ってきていたらしい。
正直だいぶびっくりしたので帰ってきたなら一言、ただいまと言っていただきたい。
「向こうはどうだった、全員無事か?」
『一人の欠けもない、大したものだ』
「おお」
これまた安堵。
こうして戦っている間も、ずっと向こうの連中が無事かどうか気になっていた。
どうしても自分の心配の方が勝るので頭にチラつく程度ではあったが、そこは許して欲しい。
それにしてもそうか、全員無事か。
良かった、本当に良かった。
『あとはこれが消えるまで、貴様らが粘るのみだ』
「めんどくせえな……」
口に出してしまった。
少尉と一緒に避けて、殴って、時間を潰す。
やるべきことはこれまでと変わらない。
変わらないはずなんだが、これ以上続けるのがとてもめんどくさく感じる。
気が抜けてしまったのが、心の中で一区切りついてしまったのが原因だろうか。
かなり長いこと戦ってた気がするし、身も心も疲れたのかもしれない。
長期戦とか初めてだしな。
いずれにしても正直、これ以上はしんどい。
「そういえばお前『今は倒せない』って言ってたよな」
ふと、戦闘開始直後に交わしたベルガーンとの会話を思い出す。
俺が「お前なら倒せたりしないか」と聞いた時、ベルガーン『余とて今は無理だ』と答えた。
「今なら倒せるんじゃないか?」
ベルガーンがそう言ったのは、ドラゴンの無茶苦茶な再生能力のせいなのではないか。
ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。
『可能だが……何だ、ドラゴンを討ったという偉業は要らんのか』
返ってきたのは、肯定。
「倒したって実感が湧く気がしないからいらん」
このままドラゴンが消え去ったとしても、あんまり達成感はなさそうに思う。
そもそも間違いなく儀式魔法を解除してくれた連中のお陰だし、最後まで相手をしたからと言って俺の業績とはならんだろう。
たぶん少尉も偉業どうこうより、さっさと終わったほうが喜ぶんではなかろうかと思うし。
「折角だし、お前の本気が見てみたい」
最初はめんどくさくて押し付けようとしていただけ、というのは否定できない。
だが言っているうちに段々と、ベルガーンが戦っているところが見たくなってきたというのもまた事実。
唯一俺とベルガーンが入れ替わったヘンリーくんとの戦いは、本気には程遠かっただろう。
そもそも本気を出すべき相手ではないし。
その点このドラゴンは、本気で戦っても問題がない。
今後このクラスの敵と戦うことがあるかもわからないし、いい機会ではないかと思う。
いや、このドラゴンみたいな化け物と戦うことなんてない方がいいんですけどね?
『面倒くさがっているだけにしか見えんが?』
バレバレだったらしい。
いや違う、だからそれは最初だけだって言ってるだろ。
本当なんです信じてください。
『まぁ、良いだろう』
ともあれ、ベルガーンは交代を承諾してくれた。
そして返事と同時に感じ始める、いつかも感じた奇妙な浮遊感。
俺とベルガーンが入れ替わる兆候だ。
『ただし”本気”は期待するな』
その言葉はとても力強く、そして頼もしかった。