第七章:地下2
「では我々は学生たちの援護に向かいます」
「頼んだ」
そんなやり取りの後、指揮官は兵士たちを送り出した。
地下室に通じる道は一本。
調べたところ隠し通路の類はなく、敵となりうる者が入ってくることがあるとすれば中庭からのみ。
警戒すべき箇所は少ないと言える。
そのため戦力が必要なのは地上の方と判断し、指揮官は部隊を二つに分けた。
地上へ向かわせたのは随伴した兵士六名のうち四名。
できることなら自分も含めた全員でという思いはあったが、様々な”万が一”に備える必要があるためそれはできなかった。
走り去る背を見送り、部屋の中へと視線を戻せばそこに黙々と作業をつづける者たちの姿がある。
指揮官や兵士たちはその作業の中に入れない。
加わるには魔力と、知識が足りないからだ。
儀式魔法の解除は精密作業である。
雑に扱えば暴走状態となり、周囲を消し飛ばす危険性すらも存在する。
だから構成している術式を一つ一つ、確実に潰していかなくてはならない。
「外部から魔力を注ぎ込んで丸ごと破壊する」という荒業も存在するにはするが、実行には儀式魔法の規模に応じた強い魔力が必要。
この街で使用されている儀式魔法に対してはどれほどの魔力が必要となるか見当もつかないため、現実的な方法とは言い難い。
もしかすると異世界人なら───という思考がその場にいる全員の頭をよぎったが、彼がここにいない以上それも詮無きこと。
現在その作業に当たっているのは四名。
魔力は中の上といったところが精々だが専門知識は帝国でも群を抜く双子の獣人。
魔力に関して帝国内でも屈指と評され、知識もそれなりのものを有しているメイド。
そしてその三人を遥かに上回るペースで術式を解除し続ける、令嬢。
令嬢の働きは、もはや異常と言ってもいいほどであった。
ようやく半ばに差し掛かろうかという作業のうち、令嬢が一人でこなした箇所は半分を越す。
確かに魔力に関しても知識に関しても非凡なものがあるというのは疑う余地がない。
間違いなく彼女は天才だろう。
だがそれだけでこのペースは、無理だ。
この儀式魔法を構成している術式は、大半が未知のものである。
単純に古いが故に失われたのか、表に出ていない秘術の類なのかはわからない。
いずれにしても未知は未知、他の三人が苦労しながら解除している代物を令嬢は実に手早く処理している。
まるでそれらについて詳細に知っているかのように。
これならば早々に片がつくだろう、そんなペースで。
「オーモンド嬢、少し休みましょう」
だが指揮官は彼女の肩に手を置き、そんな言葉をかけた。
意外そうに彼を見上げる令嬢の顔色は、とてつもなく悪かった。
「無理をしすぎているように見えます」
比喩でも何でもなく、指揮官には彼女が生命を削って作業をしているように見えた。
もしかすると地下に渦巻く淀んだ魔力が心身に悪影響を及ぼしているのかもしれない。
いずれにしても、短時間であろうとも休憩が必要。
彼はそう判断し、作業を止めさせた。
「でも───」
「「少し休め」」
部屋の反対側からも、そんな声が飛んでくる。
「キミの作業を見てると気が急いて仕方がない、プライドも傷つく」
「弟の言う通りだ、ゆっくり作業させろ。あと我々のプライドを守れ」
「もう少しマシな言い方はないのかお前たち」
こちらを一瞥もせずにろくでもないことを言う双子の獣人を見て、指揮官は苦笑を浮かべた。
彼が知る限り、この双子はプライドとかそういったものを気にする性格ではない。
なのでシンプルに励ましが下手なのだろう、と結論付ける。
下手にも程がある、とも思ったが。
「メアリさん、ここで貴女が無理をすることは彼らも望んでいませんよ」
そう言ったメイドの表情はいつもと変わらずの無であったが、言葉はどこまでも優しかった。
彼らとはきっと異世界人、そして武姫と剣士のこと。
実際問題として彼らは生命を削って作業を急ぎそして傷ついた令嬢を見た時、感謝や称賛より先に悲しみ怒るだろう。
それは指揮官にも理解できる。
「彼女に水を」
令嬢を立たせ、壁際に移動させる。
反論も抵抗もなく、彼女は静かにそれに従った。
少しだけ泣きそうに見える表情の理由を、指揮官は尋ねなかった。