第七章:屋敷中庭2
中庭では、力と力のぶつかり合いが続いていた。
武姫と騎士、評するならば双方共にまさしく剛。
二人が何度も繰り返すその打ち合いは、常人ならば一度たりとも耐えられないだろう。
得物ごと両断されて終わるのが関の山だ。
また、周囲への余波が凄まじい。
木々に石像、そして不用意に近付いたスケルトンが数体、いずれのものとも知れぬ斬撃に吹き飛ばされて消失している。
まるでその場に竜巻でも存在するかのように。
剣士は考える。
この二人の世界に割り込める者が、二人とまともに戦える戦士が帝国にどれだけいるだろうかと。
武で鳴らす者が多くいる帝国内でも上位、あるいは屈指と呼ばれる者たちくらいのものではないか、と。
少なくとも自分にはまだ無理だ、と剣士は断言する。
いつかは越えたいという思いはあれど、既にと自惚れられるほど彼は無邪気ではない。
今の自身にできるのは武姫が一騎打ちに集中できる環境を維持することだと、次から次に現れるスケルトンを近付けさせないことだと割り切る。
そうすれば武姫は勝つと、そう信じるからこそ。
そして既に二桁をゆうに越す数のスケルトンを屠った彼の視線の先で、戦いが動く。
その時点で二人の間には距離があった。
双方が後ろに跳んだが故に生まれた、銃や魔法、弓矢でなければ届かないような距離。
それを埋めたのは騎士が繰り出した一閃と、そこから放たれた”斬撃”だった。
斬撃を飛ばすという技が存在する。
「魔力を込め剣を振るうことによって遠い場所を斬る」という現象だ。
ありふれているわけではないが、ひどく難しいわけでもない。
他ならぬ剣士も使うことができる技なのだが───騎士が繰り出したそれは、彼が目にしたことのない威力であった。
斬撃が大地を斬り裂きながら、武姫に向かって真っ直ぐに進む。
驚嘆。
その時の剣士の感情は、そうとしか言いようがない
これほどの威力を出すためには果たしてどれほどの力と技量、あるいは魔力が必要なのか。
「はぁあああああ!」
気魄一閃。
それを迎え撃つのは武姫のハルバード。
実体なき斬撃と、彼女の渾身の力が衝突する。
空気の壁を突き破ったような音。
そして突風のような衝撃が周囲を揺らす。
武姫は回避でなく、迎撃を選んだ。
それも、ハルバードを叩きつけるという方法を。
迎撃は成功。
されど彼女には大きな隙が生まれた。
そしてその間隙を突き、鋭い踏み込みで一気に距離を詰めたのは騎士。
これまでのようにハルバードを振るっての迎撃が不可能なタイミングと間合いから剣が振り下ろされ───
硬く、重い音。
武姫は、ハルバードの柄の部分でそれを受け止めた。
折れてしまいそうな、それごと斬り裂かれてしまいそうな細い柄と彼女の両腕。
それらが騎士の重く鋭い剛剣を、受け止めたのだ。
驚愕故にか、騎士の動作と思考が静止した一瞬。
武姫はくるりと、まるで風車のようにハルバードを回した。
剣に込められ、そして止められていた騎士の力が傾いた柄に沿って流される。
ごく僅かに騎士の体勢が崩れた。
たった数センチ、前に傾いた程度。
だが、武姫はそれで十分だった。
少しだけ余計に前に出た、少しだけ余計に体重のかかった騎士の右足。
回転するハルバードの斧刃が、そこにめり込んだ。
金属のすね当てに阻まれ、切断には至らない。
しかしハルバードの質量が何かを砕いた。
そんな音が、確かにした。
そしてそれを裏付けるように、騎士がその場に倒れ込む。
「それでは、ごきげんよう」
そう言ってハルバードを振りかぶる武姫の顔は、剣士の位置からは見えなかった。
笑顔だろうか、無表情だろうか。
今この瞬間にそれを知るのは、相対する騎士のみ。
そしてその騎士は───
轟音、そして衝撃とともに両断され、青黒い煙となって消えた。
「終わったんスかね?」
ややあってそう訪ねながら剣士が見下ろした場所には、もはや騎士の姿は存在しない。
今となっては地面にハルバードの斧刃がめり込んだ跡のみが残るのみだ
「おそらくは」
大きく息を吐きながらそう言った武姫の顔には、安堵の表情が浮かんでいる。
「大丈夫そうッスか?」
剣士が気遣ったのは武姫の身体と、そして精神。
魔獣の駆除を生業にする者や、ダンジョンでそういった存在との戦闘になりやすい冒険者たちの中から、現実感の喪失に苦しむ者が出ることがある。
自身が今戦っている相手は、話している相手は本当に存在しているのかという感覚に陥るのだという。
屋敷内で兵士たちが陥りかけた状態であり、強い疲労を感じているであろう武姫が陥りやすい状態である。
それ故の気遣いであった。
「先程の戦いを夢と錯覚するのは、あの騎士に失礼でしょう」
返ってきたのは、笑み。
「確かに」
そう短く言って、剣士もまた笑った。
騎士が何と言う名で、どういう立場で、如何なる生き方をしてきた人物なのかを二人は知らない。
もしかすると名のある武人だったのかもしれないし、素晴らしい王だったのかも知れない。
だがそれを知る者はすでに無い。
きっと騎士本人に問うても答えは返ってこなかっただろう。
二人が知るのは唯一、騎士の類稀な強さのみ。
そして二人の記憶に深く刻まれるには、それだけで十分だった。
それほどの人物との出会いなど、一生で何度あるだろう。
「ちなみに身体の方は……だいぶ疲れております」
「そッスよね」
自身の背丈程もある重いハルバードを振るい、剛剣と打ち合う。
体力も集中力もかなりのものを要するし、消耗もする。
普段ならそんなこと口には出さないだろう武姫が言うのだから、おそらくは余程だ。
そんな状態で戦うには、敵の数が多い。
次から次に現れるスケルトンの中に、リビングデッドも混じり始めている。
しかも屋敷の外で遭遇したような、平民の姿をしたリビングデッドが、だ。
それは街中のリビングデッドたちがこの場所に集い始めている可能性があることを意味する。
果たしてどれほどの時間、どれだけの数を相手にすればいいのかがまるでわからない。
「できる限りサポートします」
剣士としては、少しでも武姫に休んでほしいと思う。
だがハルバードを構え、前を見据える彼女の意思を尊重する。
───最悪、彼女のことは自分が守ろう。
そんな決意と共に、彼は一歩を踏み出した。