第七章:地下
───学生に頼りすぎだな。
暗い、地の底までも続いていきそうな階段。
人が二人並んで歩ける広い空間を下りながら指揮官はそんな事を考え、どこか自嘲気味な笑みを浮かべた。
学園に在籍する者が軍の任務に同行する、などという事例は帝国においては珍しくもなんともない。
そのためのシステムやルールが整備されている程度にはありふれている。
だが学生の役割はせいぜい裏方、酷い場合は”お客様”になるのが常。
学生が目立った活躍をした事例は少なく、今回のように「彼らがいなければ任務は立ち行かなかった」と断言できる状況など過去に存在したかどうかすら疑わしい。
異世界人、武姫、剣士は秀でた戦闘力。
令嬢は魔法の才能に由来するのだろう、優れた知覚力がある。
彼ら彼女らが特筆すべき、類稀なと言っても過言ではない能力を有しているのは疑う余地がない事実。
そして彼ら彼女らの行動は、指揮官や他の兵士たちでは代替不可能なのも事実。
ありがたい存在だ、と思う。
同時に申し訳ないとも思う。
異世界人にドラゴンを押し付けてしまったという、後悔に似た思いがあったせいだろうか。
武姫が独りで騎士を相手取ると言い出した時、指揮官はすぐに答えが出せなかった。
即断すべき状況で迷いが生じたのだ。
その場で彼に決断を促したのは、同じく学生である剣士。
「自分もここに残る、だから大丈夫だ」と、剣士は強い意志の込められた視線を向けながらそう言った。
───それを信じた、と言えないのも情けない。
流されただけなのではないか、本当にこれで良かったのか。
もう少し、いい方法があったのではないか。
そんな思考が、指揮官の頭にこびりついて離れない。
「「ウィル」」
酷くネガティブな思考の沼に沈んでいた指揮官を引き戻したのは、双子の獣人。
「悩むのは後にしなよ」
「どうやら着いたようだぞ」
彼らの足下を見て、指揮官ようやく長い階段が終わったことを知る。
建物四、五階分といったところだろうか、酷く長かったと言わざるを得ない。
視線を前に移せばそこには短い廊下。
そしてその先に材質はおそらく木だろうか、大きな扉が見えた。
「……警戒しろ、何が出てくるかわからん」
思考を切り替え、注意深く様子を伺う。
前方だけでなく、左右や天井にも。
ここに至るまで屋内と屋外を問わず一切の光源がなかった都市。
その地下深くに存在する扉から───光が、漏れている。
扉の向こうには気配はなく、物音もしない。
ただ強い強い魔力が、光とともに漏れ出ているのを感じる。
「開けます」
そう言って兵士の一人が静かに扉を開けた瞬間。
指揮官は視界が真っ黒に塗り潰されたような気がした。
まるで開いた隙間をこじ開けるように、部屋の中から溢れ出した魔力。
僅か一瞬ながらもそれがさも可視であるかのように、実体を持っているかのように感じたのだ。
「……皆、無事か?」
尻もちをつき、呆然としている兵士を助け起こしながら指揮官は問いかける。
それが錯覚だったのか、実際にそうだったのかはわからない。
ただ兵士たちの挙動を見るに、おそらくは全員が同じものを見たのだろう。
少なくとも部屋の中から、異常な量の魔力が吹き出してきたのは確か。
それを浴びることで人体にどんな影響があるのか、まるでわからない。
故に指揮官は問いかけ、その後全員から大丈夫という旨の返答があったことに安堵した。
「よし、行くぞ」
罠や奇襲の類を警戒しながら踏み込んだ部屋の中は、まさしく儀式魔法の中心───異様な場所であった。
それなりの広さがある石造りの空間。
部屋の形状はおそらく賽のような正六面体だろうか。
地面には不可思議な文様の描かれた魔法陣があり、その周囲には魔法の光が灯った燭台が六本。
そして魔法陣の中心には───
「これは動くのかな、兄さん」
平らな、まるでベッドのような祭壇。
その上に一体のミイラが横たわっていた。
背丈は令嬢と同じか少し小さいくらい。
時が経ちくすんではいるものの、おそらく生前は美しかったであろうことが推し量れる長い金髪。
そして辛うじて形に残るシミーズのような服から、おそらくそれは少女であったのだろうと推測できる。
「弟よ、これは間違いなく死んでいるので大丈夫だ」
その胸に突き立てられた一本の、錆びた短剣。
そこから流れ出たのだろう大量の血の跡が祭壇を、床を黒く汚している。
「これは……生贄か」
「「おそらくね」」
獣人たちの回答に、指揮官は眉を顰める。
強い嫌悪感があった。
ここで少女の身体を、生命を捧げて一体何が為されたのかはわからない。
どんな理由があれど、大義があれど───ろくでもないと思う。
そんなろくでもない儀式の果てがこの都市の有り様だとしたらなおのこと救えない、とも。
「解除はできそうか?」
「術式が古すぎる、時間がかかるかも知れん」
「兄さんと同意見」
指揮官はこの規模の儀式魔法をどうにかする知識や能力を持ち合わせていないが故に、獣人たちに任せる他ない。
早くなるも遅くなるも、彼ら次第。
とはいえ速やかにこの儀式魔法を解除ないし破壊したいのは間違いない。
異世界人たちのためにというのもあるし、この名も知らぬ少女を解放してやりたいという思いからでもある。
可能な限り急いでくれと、そう口にしようとした時だった。
「あの」
控えめに手と、声を上げた令嬢に視線が集中する。
先程の魔力に当てられたのか、その顔色はひどく悪い。
部屋に入った後メイドに「座って休みますか?」と声をかけられていたので、体調も悪いのかもしれない。
「私、これを解除できるかもしれません」
だがその瞳には、強い意志の光が宿っている。
自ら戦うと言って残った、武姫や剣士たちと同じように。