第七章:屋敷中庭
『不埒ナ……掠奪者……ドモガ……』
枯れた声、あるいは声のような音。
すでに声を出す機能も半ば失われているのだろう、騎士の口から発されたそれは酷く聞き取りにくいものであった。
『生カシテハ……帰サヌ……』
言いながら人一人分程の長さのある長剣を構える様は、絵になった。
生前であれば───騎士が生きる人間であったなら、きっと雄々しさや頼もしさを感じられたことだろう。
しかし今の騎士はそういったものとは無縁だ。
怪物特有のグロテスクな威圧感と、朽ちた存在故の物悲しさ。
英雄が化け物に転じればこのような変化を遂げるのだろうかという、ある種象徴的な印象を受ける。
「アレのお相手は、私がしても?」
それに対して歩み出たのは、武姫。
彼女が自身の背丈よりも長いハルバードを構える姿もまた、絵画のようであった。
そして武姫は生きる人間であるが故に、美しさを失ってはいない。
その態度からは気高さ、凛々しさも感じられる。
まさしく現在を生きる英雄───騎士との対比は残酷ですらあった。
「しかし───」
「全員でここに残る余裕も、必要もないかと存じますわ」
指揮官に対する言葉には、揺るぎない自信があった。
まるで負けることなど欠片も想像していないかのような───
「メアリさんをよろしくお願いいたします!」
言うが早いか武姫が地を蹴り、走り出した。
向かう先にはスケルトンの群れ、そして騎士がいる。
強い踏み込みとともに放たれた一撃目、横薙ぎの一閃。
”闇の森”にて木々すらも軽々と両断してきた剛力が、数体のスケルトンを文字通り吹き飛ばした。
さらに一歩を踏み出し、二撃目。
硬く、重い音とともに武姫のハルバードと騎士の大剣がぶつかり合う。
同様の音が二度、三度。
繰り出される攻撃は双方共、ひたすらに重い。
得物の重量もかなりのものがあるが、そこに強い力に高い技巧が加わった”重さ”。
牽制やフェイントなど必要ないとでも言わんばかりに必殺の意思が込められた一撃が次から次に繰り出される光景は、まさに圧巻。
そして四度、五度と武器がぶつかり合う音が響いた時───
「階段に走れ!」
指揮官の号令一下、隊が走り出す。
立ち塞がるスケルトンを蹴散らしながら、階段のある方向へと。
「行カセ───」
「余所見とは余裕ですのね!」
そちらに意識を向けかけた騎士へ向け、武姫のハルバードが叩きつけられた。
その一撃は大剣によって受け止められたものの、僅かな反応の遅れにより威力を殺しきれなかった騎士が後ずさる。
対峙。
武姫と騎士が互いに得物を向け、視線をぶつけ合うのはこれが初めて。
もしかすると騎士が武姫をまともに認識したのも───これが初めてかもしれない。
「私、片手間にどうにかできるほど弱くはありませんわよ?」
武姫が笑う。
どこまでも、不敵に。
実際問題として、彼女は強かった。
学園の厳しい訓練を優秀な成績でクリアしているのもあるが、これまでに積み上げてきた実戦経験も年齢を考えれば不相応なほどに多い。
人対人の殺し合いこそ経験がないが、大型の獣や魔獣との命のやり取りは幼少期より何度も経験してきている。
揺るぎない自信は、決して思い上がりの類ではない。
「ところで、何故ここに残られたのですか?」
騎士から視線は外さないまま、武姫は自身の背後に立つ人物に問いを投げかける。
「邪魔はしないッス」
そこには、剣士がいた。
背中合わせに剣を構え、周囲に視線を向けている。
彼は階段へは向かわず、武姫とともにここに残ることを選んだのだ。
側面や背後から襲いかからんとしたスケルトンが既に数体、彼の手により屠られている。
「ありがとうございます」
「ウス」
会話はそれで終わり。
それで十分と、二人はほぼ同時に互いの目標に向けて地を蹴り跳ぶ。
隊は既に階段へと到達、最後に指揮官が二人に向け何事か言葉を投げかけて地下へと消えた。
───あとは自分たちの戦いのみ。
再び、硬く重い音が鳴り響く。