第七章:その25
”魔法の杖”の召喚と同調、もはや手慣れたものになりつつあるその作業はこれで何度目だろう。
高くなった視点から皆を見下ろしつつ、そんなことを考える。
さすがに屋内でやったのはこれが初めて……いや誘拐された時も屋内っちゃ屋内か、外にいるのと変わらないような小屋だったけど。
屋内で召喚して天井をぶち抜かなかったのはこれが初めて、ということになるだろうか。
思ったよりこの建物の天井は高かった。
用途が用途なので当たり前ではあるが、召喚は戦場での方が多い。
しかもやる羽目になるのは殿とか囮とか、そういう危険極まる役割ばかり。
とはいえ別にその役割に対して文句があるわけではない。
納得してやってるし、オルフェーヴルは強いので無傷だし。
ただその状況に対しては大いに文句がある。
もっと平和な世界になって欲しい。
「タカオ!」
声のしたほうを見れば、不安そうな表情のメアリがこちらを見上げている。
「……頑張って!」
そして僅かな躊躇の後、彼女にそんな言葉を投げかけられた。
ああ、これは自分よりも俺を心配してるな。
俺は過去に二度、メアリを逃がすために囮じみたことをやっている。
もはや馴染みの展開と言っていいだろう、少しも馴染みたくないが。
だが今回のメアリはこれまでのように危険から逃げるのではない、危険に向かって進むのだ。
俺よりも自分の心配をしろと思う、生身なんだし。
「お前もな」
ただ今説教くさいというか不安を煽ることを言うのもどうかと思ったので、俺は短くそう言って親指を立てた。
……やってから不安になったんだが、この世界で親指を立てる仕草って俺の世界と同じ意味なんだろうか。
下に向けたり中指を立てたりとかと同じ、ろくでもないジェスチャーだったりしないだろうか。
そんな不安を抱いていたところ、メアリが親指を立てる仕草を返してきた。
これならきっと大丈夫だろう。
そうであってほしい。
「じゃあ、行くか」
皆に離れるよう促した後、壁へと目を向ける。
短い時間だったが俺たちをゾンビから隔ててくれた頑丈な壁よありがとう、そしてさようなら。
そんな別れの言葉とともに俺は───全力で壁に体当たりした。
轟音が、二度。
一度目は壁に大穴が開いた音。
二度目は……勢い余って隣家に突っ込んだ音だ。
「勢い、つけすぎた……」
隣家に人が住んでたら心配したりごめんなさいしたりしなくてはならないところだが、隣家と言わず街自体ゾンビしかいなさそうなので問題ないだろう。
正直俺はこの街の破壊にあんまり抵抗がない。
気分は特撮の怪獣だ、あそこまで大きくないけど。
さてそのゾンビは───と周囲を見回せば、まばらにその姿が確認できる程度。
さっきの津波みたいな群れはどこかに行ったのか、それとも潰れて消えて無くなったのか。
いずれにしてもこの程度なら少尉たちも問題なく行動できるだろう。
少しホッとしながら最後にもう一度後ろを振り返る。
何か言おうかと思ったが、気の利いた言葉は浮かばなかった。
まあ良いか、お別れでもなし。
そう自分に言い聞かせながら、背中に魔力を注ぎ込む。
これから向かう先は、暗い暗い太陽の浮かぶ空。
「ここって天井あるのか?」
『ない、とも言い切れん』
空へと舞い上がりながら独り言のつもりで呟いた言葉に、まさかの返答。
どうやらベルガーンはついてきてくれるらしい。
一人じゃなくて良かった、と思うと同時に不安が浮かぶ。
天井があるならある、ないならないで確定させてくれやしないだろうか。
急に天井にぶつかってティウンティウンティウンするのは嫌だぞ。
『このくらいでよかろう』
勢いよく飛び上がったのに怖くなって段々スピードが落ちる、という何とも情けない飛翔となったものの、俺は無事ベルガーンの満足する高度まで到達できたらしい。
天井なくて良かった。
眼下の街へと視線を移す。
やはり明かりやそれに類するものはなく、薄暗闇の中にぼんやりと見える街。
この高さなら何とか全容が見えそうだ。
広さはやはりそれなりのものがあり、かつては大きな街であったことが伺える。
そして次に浮かんだ感想とともに、僅かに悪寒がした。
「魔法陣か、これ」
『そのように見えるな』
整然と並んだ建物の間を走る通りが、何かの模様を描いているように見える。
ファンタジーでよくある、魔法陣というやつだ。
そして俺の直感だが、きっとこれは良い代物ではない。
もしかするとこの街の惨状の原因かもしれない、と思う。
この街は一体何なんだ。
そんな疑問をベルガーンに投げかけるより先───
『来るぞ』
ベルガーンの声をかき消すように、再び咆哮が聞こえた。
先程はどこから響いてきたものかわからなかったが今回はわかる。
眼下に広がる街のどこか。
発生源を探し視線を彷徨わせた俺は、すぐに”それ”に気付く。
街の中央、あるいは魔法陣の中心。
これから少尉たちが目指す、高台にある大きな屋敷。
その上にまるで雲のようにわだかまる闇。
下から見上げては存在にすら気付けなかったそれが、しっかりとこちらを見据えている。
確かに、そんな気がした。