第七章:その24
進むにあたって問題になったのは、俺とメアリの処遇。
端的に言えば置いていくか連れて行くかだ。
まあ「連れて行く」という結論が出たんだけど。
どこか安全な場所で持たせるという案が出るには出たが、それがどこなのかという具体案は出ず。
この場所も今は大丈夫だが、ずっと安全かどうかはわからないわけだし。
結局同行が一番マシ、ということになった。
「メアリさん大丈夫ですわ、私たちがちゃんとお守りいたします」
「あのくらいなら余裕ッス」
申し訳なさそうに、不安そうにしているメアリをウェンディとヘンリーくんが励ましているのだが……ヘンリーくん、すっかり元気になったな。
「ありがとう……?」
あまりの変わりように、メアリも若干反応に困ってる様子。
目が露骨に「ヘンリーくんは大丈夫なんだろうか」と言っている。
何も出てこない段階は怖がりに怖がって、いざゾンビの群れが現れたら果敢に戦い始めるってのはどんな精神性だ。
やはり物理で殴れるか否かがラインなんだろうか。
「ホソダさん、お気をつけて」
俺の方はというと、眼前には神妙な顔のロンズデイル。
彼が差し出した手を、俺は強く握っている。
「少佐たちこそ、お気をつけて」
言動も所作も、内容は完全に別れの挨拶。
何故そんな会話をしているのかというと、俺はこれから一人で別行動になるからだ。
発端はメアリの扱いを含めた大筋の方針が決まった直後、ベルガーンが俺に対し『貴様は囮になれ』と言い出したこと。
その役目は何度かこなしていることもあり、まあ良いかと軽い気持ちで承諾しようとしたのだが───どうやら今回は、けっこう危険が予想されるらしい。
俺がおびき寄せる必要があるのはゾンビたちでなく、一度だけ聞こえた大きな咆哮の主。
まだ姿形も見てないので得体の知れない何かとしか言いようがないが、とても危険な存在と言われて納得することはできる。
それを一人で引き付けろ───ベルガーンは俺にそう言っていた。
『無理強いはせぬ』
そうは言っていたが、俺の返事などほぼ決まっていたようなものだ。
生身では足手まといもいいところ、知識がないぶんメアリよりよほどお荷物。
だがオルフェーヴルがあれば、少しは助けになれるかもしれない。
ならば、と俺は囮の役割を受け入れた。
軽い気持ち……と言ってしまっていいものかはわからない。
ただ少なくとも、熟慮といえるほど悩んではいない。
「メンタル鋼」
少尉はもはや呆れ返ったとでも言いたげな顔をしている。
言葉ももう無駄が徹底的に削ぎ落とされて要点のみだ。
期待はしてなかったが、もう少し励ましてはいただけないだろうか。
「普通あんな簡単に受けないからね?」
「それは確かにそうなんですが……」
実のところ囮の類はこれが三度目なので、色々麻痺しているのはあるかもしれない。
今まで大丈夫だったから今度も大丈夫だろう的なやつ。
いかん、ヘルメット被った猫の顔が浮かんだせいで急に不安になってきた。
「とりあえずメアリをよろしくお願いします」
さておき、深々と頭を下げる。
正直なところ俺としては自分よりもメアリのほうが心配だった。
メアリは集団行動だし、本人も俺よりはるかに魔法の才能がある。
しかし生身だ。
”魔法の杖”は俺の方を目立たせるために、緊急事態にならない限りは召喚しないということになっている。
俺には最強無敵のオルフェーヴルがあるが、メアリの方にはない。
果たしてどちらの方が危険なのだろうか。
「そこは請け負う」
「ええ、お任せください」
何のことはない、と言わんばかりに頷く少尉とアンナさんは……なんというか、頼もしかった。
「一応言っておくけど、危ないのキミの方だからね?」
そうですね、返す言葉もございません。