第七章:その22
「いなくなったのかな……」
「まだ外にはいると思うッス」
静かになった壁の方を見つめながらメアリとヘンリーくんが不安げに話している。
きっとあの壁の向こうではゾンビが張り付いてうめき声を上げてるんだろうなあと思うと気が滅入るが、現実は非情である。
というか、できればゾンビを現実に見たくなかった。
マジで死ぬんじゃないかと思ったし。
「あれはこの街の住民の成れの果て……なのでしょうか」
誰にともなく発されたウェンディの問いかけに答えを返す者はいない。
だがきっと皆の頭の中には肯定の言葉が浮かんでいることだろう。
千差万別だったゾンビたちの服装は、昔のヨーロッパを描いた絵画とかで見たことがあるようなデザイン。
この街のおかしな雰囲気にも非常にマッチしているように思う。
口に出したくない程度には、嫌な感覚だが。
「方針を決めましょう」
安堵と不安、それらの感情で淀んだ雰囲気を振り払うように声を上げたのは、やはりロンズデイル。
「引くか進むか、どちらにするか決めなくてはなりません」
方針を話し合うだけの余裕はある。
ロンズデイルが言外にそう示したことで、少しだけ場の空気が落ち着いたような気がした。
こういうところはさすができる男である。
「私は戻るべきだと思います」
そしてまず最初に意見を口にしたのは一人の兵士。
名前は知らないが道中でもよくロンズデイルと話しているのが見えたので、副官的な立場の人なのかもしれない。
兵士たちの中では年齢的にも一番上っぽいし。
「装備と人員を増やしてから再度侵入すべき状況かと」
確かにゾンビの跋扈する空間で調査をするとなると、現状はとても心許ないとは思う。
ゾンビはどれだけいるかわからないし、ゾンビ以外がいないとも限らない。
というか、絶対ゾンビ以外のモンスターも出てくるんだろうなとは思う。
さっき聞こえた謎の咆哮、あれ間違いなくゾンビの鳴き声じゃないし。
「「それは無駄だろう」」
だがその意見に異議を唱える者がいた、ダブルジョンである。
「ここは、頭数を増やせば攻略できるような場所ではないと思うよ」
「”闇の森”を無傷で突破した今回以上など、そうそう望めまい」
これも確かに。
俺たちは普通に突破した”闇の森”だが、これまでの調査隊のことごとくがここで躓いている。
うち一回は大規模な調査隊だったという話だし、人や装備が充実してれば突破できるってものでもないんだろう。
今回のメンバーが強いのか、運が良かったのかはわからない。
ただ俺は強いからのように思うし、おそらくはダブルジョンもそう思っているのではなかろうか。
「ですが進むにしても目的がありませんと、いたずらに彷徨っていてはいつか物資も体力も尽きますわ」
物怖じせずに意見を述べたウェンディに感心するとともに、これまた確かにと思う。
俺たちには無限の物資や体力があるわけではなく、またこの場所では現地調達も難しいと思われる。
屋内屋外問わず、ここに来るまでに食料になりそうなものなど一切存在していないのだから。
とりあえずの目的としていたのは、ベルガーンが「強い魔力を感じる」と言った高台の上にある屋敷。
しかしそこに何があるのかはわからない。
空振りだったり、ボスキャラがいるだけだったら最悪だ。
あの場所にたどり着くだけでも大変そうなので、体力と物資を浪費するだけになってしまう。
それにしても俺、確かにばっかり言ってるな。
「あの」
その時おずおずと手を上げたのは、メアリだった。
正直これくらい控えめな態度が普通だろうと思うのだが、ウェンディは何であんな堂々とできるんだ。
慣れなのか人間性なのか、いずれにしても凄いと思う。
俺には到底真似できそうにない。
「どうぞ、オーモンド嬢」
ロンズデイルに促され、皆の視線を浴びながらメアリが口を開く。
「この街って、何かの儀式魔法の影響でこうなってると思うんです」
儀式魔法。
学園で少しだけ学んだ概念だ。
いくつもの術式を回路のように組み合わせて設置するという、機械じみた仕組みの魔法だとか何とか。
それ以上の詳細については習っていないのでわからない。
「屋敷から強い魔力を感じるのなら、そこが儀式の核があるんじゃないかと思います」
儀式魔法の仕組みについてはまるでわからないが、言いたいことは俺でもわかる。
……合ってるかはわからないが。
「目指すなら、解除か破壊かなと……」
良かった、合ってた。