第七章:その20
この場に弾倉が空になる理由のもう一つ。
それは「この場で戦闘になり使い果たした」だ。
戦闘の相手になりそうな人物……もはや人と呼んでいいのか甚だ疑問だが、それも今現れた。
「そこで止まれ!」
銃を向けた兵士の強い言葉に、ゾンビは何の反応も示さない。
ただ気色悪い足音を立てながら、こちらへと進んでくる。
正直聞こえているかどうかすら怪しい、だってゾンビだし。
目もこっち見てすらいないしな。
そして、乾いた音が響いた。
案の定というかなんというか止まる気配なく約二歩、こちらに向かって歩みを進めてきた時点で兵士が発砲。
銃弾は見事ゾンビの頭を吹き飛ばし、その身がゆっくりと後ろへと倒れこんでいく。
帝国軍って威嚇射撃とかせずいきなりワンショットキル狙うんだな。
まあこんな不気味な空間で出てくるゾンビみたいなのが威嚇して止まるとは思わないので正しい行動だとは思うが。
そんな感想とともに微妙な安堵感を抱いた俺の視線の先で、ゾンビが青黒い霧となって消えていく。
それは魔獣や”デーモン”と同じ消滅の仕方。
見た目のグロさ的に、近いのは狭間で大量に出てきた怪物たちだろうか。
「あれって───」
あのゾンビは狭間の怪物たちと同じような存在なのか。
そうベルガーンに投げかけようとした問いを、俺は途中で中断した。
ひどく耳障りな音。
地面に何かを擦るような、足音。
それがまだ、聞こえている。
その気色悪い音を立てていたゾンビは今、撃たれて消えてなくなった。
ゲームならばバグって発生源の消えたサウンドが鳴り続けることもあるかもしれないが、生憎とこれはゲームではない。
ならば音が鳴り続ける理由など、一つしかない。
「うわ」
思わず声が漏れた。
闇の中から現れたのは新たなるゾンビ。
性別も服装も違う、明確な別個体。
それが先程のと同じように歪な動作で、不快な歩行音とともにゆっくりとこちらに歩んでくる。
そしてその音は、一つではない。
一つ、また一つと音が増えていく。
二重奏だの三重奏だのと表現するには音が汚く噛み合っていない。
さらに言うと、そんな程度の数ではない。
不協和音となら表現できるだろうか。
視界に映るゾンビの数も、とうの昔に十を越えた。
そしてまだ、増え続ける。
「うぶっ」
あまりにもグロテスクな光景に、兵士の一人が吐いた。
もらいゲロしそうになるからやめてくれ。
メアリなんかも青い顔で口元押さえてるし、気持ちはわかるが。
ちなみにヘンリーくんの顔色は完全に戻った。
腰の剣に手をかけ、完全に臨戦態勢をとっている。
やはり彼はグロなら全く問題ないらしい。
「「ウィル、横からもだ」」
ダブルジョンの言葉に左右を見る。
まだ姿こそ見えないが、左右の路地の奥からも足音が聞こえてくる。
嫌な当たり前だが、こちらも複数。
幸い前方からは音が聞こえてこないが、大量のゾンビに囲まれかけているとかいう大変まずい状況だ。
「ひとまずあの建物へ」
ロンズデイルが指さしたのは大通りの先にある建物。
商店か何かだろうか、それなりのサイズがあり丈夫そうでもある。
ホームセンターやショッピングモールのような巨大建造物には程遠いが、ああいう頑丈そうな場所に逃げ込む展開は鉄板らしい。
あまりいい流れではないが、籠城さえしなければ大丈夫だろう。
「移動!」
号令とともに、俺たちは走り出した。
さて、俺には一つの懸念がある。
それはゾンビ映画において、ゾンビの脅威度に直結する要素についてだ。
今ここにいるゾンビたちがそれを持っていなければ気分的にもだいぶ楽だ───そんなことを考えながらチラリと後ろを振り返った俺の目に、それは映った。
俺たちを追いかけ、歪なフォームで走り出すゾンビたちの姿。
つまりこいつらは脅威度の超高い───走るゾンビだ。
ヤバい、終わった。