第七章:その19
静かな街に、俺たちの足音だけが響く。
他には本当に何も聞こえない、というのがまた恐怖を煽ってくる。
度を越して静かなのって、こんなに怖いんだな。
建物の窓、何かの物陰、路地。
周囲を警戒するために否が応でもそれらに目を向けなくてはならんのだが、これがまた怖い。
何かいるんじゃないかと思うし、何かいたんじゃないかと二度見してしまうこともある。
自前の魔法の明かりを光源に進んでいるせいでむしろ影や闇が際立つのがまた恐怖を煽ってくる。
それもこれも皆、太陽がまるで役に立ってないのが悪い。
昼間だぞ今。
ヘンリーくんは大丈夫だろうか───駄目だ、電動ヘンリーくんになってる。
彼の振動で微妙に地面から土埃が上がってるような気さえする。
なんで彼、ここまで苦手分野にしか遭遇しない七不思議部に居続けてるんだろう。
そうして俺たちは大通り───と思しき大きな道へとたどり着いた。
恐らくは車が走ることなど想定していないのもあるのだろう、さすがに帝都の通りと比べれば狭いと言わざるを得ない。
ただ多くの露店が立ち並ぶその様から、かつての街の繁栄になんとなく思いを馳せる事はできる。
「ここも何もないんだな……」
だが今はこの露店群、ただただ気味が悪い。
商品は何も並んでいないが、道具はある。
それらがきっちりと整理整頓されて並んだ様は、今このタイミングでなければ間違いなく開店前で準備中と思っただろう。
「あそこに何か落ちてません?」
そう言ってメアリが指さした先、露天の陰に落ちていたのは───銃。
兵士たちやロンズデイルが携行しているものとは形状が違うが、アサルトライフル的な物なのは変わらない。
どうやらそれはおよそ十年ほど前の帝国軍で正式採用されていた型であるらしい。
ちょうどその頃に”闇の森”の調査隊として派遣され、消息不明となり戻らなかった部隊があることからその部隊のものではないかとロンズデイルたちが話し合っている。
いずれにしても、それはこの空間で初めて目にする異物だった。
ここに至るまで屋内屋外問わず、地面に何かが落ちていたことはない。
これまでは必ず棚やテーブルの上といった”正しい場所”に整然と並んでいたのだ。
「なんか嫌な予感がしてきたぞ」
兵士が銃を道端に落とす、あるいは捨てるなどという状況はあまり普通ではないように思う。
ついでに先程「弾倉は空」という言葉が聞こえた。
森で魔獣と戦って弾を使い果たしたとかであればまだいい。
だが可能性として高いのは───
その時、静寂を切り裂く大きな音が響いた。
遥か遠くから聞こえたそれは咆哮のような、嘶きのような、いずれにしても何かの鳴き声。
響いた瞬間大地が揺れ、建物が震えたような気さえする。
俺の心臓も跳ね上がり背筋を冷たいものが駆け抜けていったわけだが、それはただびっくりしたからというだけではないだろう。
きっとこれは、本能的な恐怖という奴だ。
思わず「ピャッ」って言っちまった。
誰にも聞こえてないといいんだが。
『オルフェーヴルを召喚する準備をしておけ』
これまで以上に張り詰めた空気の中、険しい顔でベルガーンが見つめるのは高台の上、立派な建物の方角。
一体何がいるのかと俺もそちらを見るが、特に何かがいるようには見えない。
とはいえベルガーンがこんな顔をするということは何かまずいものがいるんだろう。
「誰か来ます」
そして背後に立つ兵士が、そんな声を上げた。
それに反応し振り向いたとき、俺の心の中には僅かに「怖いもの見たさ」があった。
「何か」ではなく「誰か」、つまり人。
この美しい廃墟で初めて遭遇するのはどんな人なのか、そんな興味があった。
しかしそんな思考は実際に見た瞬間、俺の頭の中から綺麗さっぱり消え去った。
酷い猫背、だらりと垂れ下がった両腕、大股で歪で緩やかな歩み。
何かを擦るような足音の擬音はズリ……ズリ……とかそんな音になるだろうか。
やたらと音が湿っぽいんだが、一体何の音なのだろうかと考えるのを脳が全力で拒否している。
肌の露出した部位はまるで腐りでもしているかのように爛れている。
身にまとった服の赤黒い汚れは、きっと血だろうと思う。
そして鈍く紅い光を宿した目が、揺れ動くように虚空を彷徨っている。
「おいゾンビかあれ……?」
俺の語彙ではその存在を、ゾンビとしか表現できない。
落ち着いて考えれば洒落た物言いが浮かんだり大喜利ができたりするかもしれないが、今は無理だ。
映画やゲーム、漫画では見たことがあるし体調が悪いと夢にも出る。
だがそれは見慣れているとは言えない───俺は今、それを痛感していた。