第七章:その18
空に、光の輪が浮かんでいる。
恐らくは本来太陽が存在するはずの位置にあるそれが放つ光は弱く、周囲はまるで夜のように薄暗い。
所謂金環日食というやつに似ている気がするが、アレは本当に太陽と月なんだろうか。
ここはたぶんまともな空間じゃないし、きっと違うんだろうな。
そして空からの僅かな光を受ける地上には、想像より遥かに多くの建物が並んでいる。
石造りの、酷く冷たい印象を受ける建物だ。
ここにある───あるいは”あった”のはそれなりに大きな都市だったのだろうか。
恐らくはそれが丸っと結界に包まれているという事実に、どこか薄ら寒いものを感じずにはいられない。
サイレンの音とか聞こえてこないだろうな。
「静かですわね」
俺に続き、結界の中に踏み込んできたウェンディがそう呟く。
結界の中、あるいは街の中は酷く静かだった。
森では遠くに得体の知れない鳴き声が聞こえてくることもあったが、ここではそれもない。
「ここは何なんだ?」
ベルガーンに問いかける。
知らないという返事が返ってくるような気もしたが、答えを知っている可能性があるのも推測を立てられるのもこの魔王だけだ。
『死に満ちた場所……としか言えんな』
「何だそれは」
やたらと抽象的で、かつあんまり聞きたくなかったタイプの文言である。
変なもんで満ちないで欲しい。
本当に突然サイレンの音とか聞こえてこないだろうな。
『理由はわからぬが、死臭じみたものを感じる』
「ガチで怖いんだけど」
困惑というかビビり散らす俺を尻目に、調査隊の面々が次々と結界の中に入ってくる。
一様に「空と周囲を見回し困惑した表情を浮かべる」という反応を示しているので、きっと俺と同じような感想を抱いているのだろう。
「「人の気配はない」」
そしていつの間にか手近な民家に侵入していたダブルジョンが戻って来る。
本当に怖いもんなしだなこいつら。
「家の中の様子は?」
「綺麗なものだったな、弟よ」
「そうだね兄さん、モデルハウスみたいだ」
ロンズデイルとダブルジョンの会話を聞く限り、家の中にはこれといった異変はなかったらしい。
「強いて言うならそれが異変」とのことである。
気になってちらっと中を覗いてみたが、確かにひどく整った室内はかなりゾワッと来た。
荒れてもいなければホコリも積もっていない、モデルハウスどころか模型のような室内。
どこぞの漂流船の都市伝説のように、食べかけの食事とか飲みかけのコーヒーがあったとかそういうのとは別ベクトルの怖さ。
生活感がまるでない。
人がいたはずの空間なのに、どうしても人が生きていたようには感じられないのだ。
”美しい廃墟”とでも言うのだろうか。
生で見ると得体の知れない怖さがある。
暗いので尚更だ、ラーメン屋のトッピングくらいマシマシ。
ふとヘンリーくんを見れば、めちゃくちゃ顔色が悪く挙動不審になっていた。
どうやらこういうのも苦手らしい。
まさか突然森からホラーな空間に来ることになるとは誰も思わなかったので仕方ないが、可哀想に。
その後ダブルジョンや兵士たちが周囲の建物を見て回ったが、概ねどこも同じような状況だったらしい。
綺麗、綺麗、綺麗。
そんな言葉ばかりが飛び交う。
どうやら建築様式としては相当古いらしいにも関わらず、だ。
そして犬猫や鼠といった動物の類も一切出てこない。
虫すらもいないのではないか、とのことだ。
情報が増えるたび薄気味悪さが増していく。
『目指すべきは、あそこであろうな』
今後の方針について意見を求められたベルガーンが指さしたのは、少し離れた高台に存在する大きな建物。
城や学園など帝都で見た建物よりははるかに小さいが、それでも立派な屋敷であることには変わりがない。
建っている位置から考えても領主やそれに類する有力者の屋敷だろうと予想できる。
『あの位置から強い魔力を感じる』
ありがちといえばありがち、やはりこの手の異常の中心はああいう目立つ建物であるらしい。
何かボスとかいるんだろうか、領主の亡霊とか。
いやまったくもっていてほしくはないんだが。
「ではあの建物を目指しましょう」
かくして俺たちはロンズデイルの宣言の下、高台の屋敷を目指して歩き出した。
音のしない街に、俺たちの足音だけが響く。