第七章:その15
その後も、俺たちの前には様々な魔獣が現れた。
巨大な蜘蛛に蛇、木をなぎ倒しながら突撃してくる猪と、正直こんなにバリエーションはいらないんだけどと思うほどに多種多様。
それらが襲い来るのを……即座にやられて青黒い煙になって消えていくのを眺めながら、一つ気付いたことがある。
それは「魔獣には必ず一定以上の大きさがある」ということだ。
これまでこの森で襲いかかってきた魔獣で一番小さいのがファイアハウンドで、こいつらでも大型犬サイズはあった。
「虫みたいに小さい魔獣っていないのか?」
『そもそも魔獣が生じうる魔石自体がそこそこの大きさ故、小ささには限界がある』
ベルガーンに確認してみたところ、この回答。
小さなサイズの……銃でも剣でも攻撃を当てにくい魔獣とか想像するだけで怖かったし、いないなら一安心だ。
まあ「ただの危険な虫」は普通に生息している可能性があるので安心するにはまだ早いかも知れないが、こればっかりは許して欲しい。
『ただこの森は余の知らぬ魔獣も出る、一応警戒しておくに越したことはなかろう』
「へぇい」
アドバイスにげんなりした返事を返しつつ、改めてとんでもねえ所に来ちまったなと思いつつ、俺は遅れぬように歩を進める。
ちなみにベルガーンが言及した未知の魔獣とは、ゴリラ。
そう、俺の世界にもいるゴリラだ。
霊長目ヒト科ゴリラ属に分類される、黒い毛並みがチャーミングな生命体。
それがこの世界では魔獣として存在していたのだ。
しかも現代の魔獣ヒエラルキーの中でも上位の、凶暴で危険な怪物として。
実際遭遇した個体は普通に木をパンチで粉砕していたし、メジャーリーガーも真っ青な投擲も繰り出してきた。
たぶんあれ、カタログスペックは俺の世界と大して変わらないか上回るぞ。
それで凶暴だったらそりゃ危険な魔獣扱いもされるだろう、当たり前だ。
元の世界ではあんなに魅力的だったドラミングが、もはや俺の中では恐怖の対象になってしまった。
尚”ゴリラ”は通称であって正式名称ではない。
正式名称の方はダブルジョンが説明してくれたが、聞き慣れない単語な上に長すぎて全く覚えられなかった。
”ゴリラ”という通称を定着させたのは英雄ワードプラウズ。
初めての遭遇時に何故かこの魔獣を”ゴリラ”と呼んだらしい。
”ゴリラ”はこの世界には存在しなかった単語で、由来は全くの不明。
そんな意味不明な言葉でも覚えやすく、かつ大英雄が呼んだ名前ということで通称として定着、今に至るという流れだそうだ。
いや一体何なんだ英雄ワードプラウズ。
反応が完全に異世界から来た奴なんだが、もしかして俺と同じような境遇の英雄なのか。
「私、ゴリラなんて初めて遭遇しましたわ」
ワードプラウズの件で困惑する俺をよそに、感慨深げに呟いたのはウェンディ。
危険で強力な魔獣ゴリラを一刀のもとに両断したのは、実はこいつである。
余程嬉しかったようで、少し時間が経った今でも興奮冷めやらぬといった様子だ。
”闇の森”に入ってから最も活躍しているのは、一番暴れまわっているのは間違いなくウェンディ。
何しろ邪魔な木々ごと魔獣をなぎ倒しているのだ。他の面々とは派手さが違う。
森に入った当初はハルバードとかこんな狭い場所で使えるのかと心配したが、今となっては完全な杞憂となった。
正直解決策が力技すぎる気はするが、解決できているのだから問題ないとしておこう。
「道程としては順調な感じです?」
「はい、想定よりもはるかに」
森に入ってからかれこれ二時間程、俺たちは数多くの魔獣たちの襲撃を退けながらも順調に森を進んでいる。
ロンズデイルが想定以上と言うのもわかる気がする。
何しろここまで足止めらしい足止めを一切食らっていないのだから。
ただそんな状況でも心は晴れやかにはならない。
進めば進むほど空気が淀んでいくような感覚があるせいだ。
森ってのは基本空気が澄んでいると思ってたんだが、この”闇の森”はまるで閉め切った部屋で徹夜麻雀をやっている時のような気分になる。
歩くのも大変ではあるが、ただいるだけで疲労感がヤバい。
「これがそうかな、兄さん」
「おそらくはそうだろうな、弟よ」
そしてそこからさらに歩くことおよそ一時間。
そろそろ休憩を要望しようかと思った頃、先頭を行くダブルジョンがそんな会話とともに歩みを止めた。
「……なんだこれ」
一体何を見つけたのかと前を見れば、そこにあったのは奇妙としか言いようのない光景。
あるいは「モノ」なのかも知れないが、俺には判別がつかない。
目の前の景色が歪んでいるのだ。
まるで陽炎のように、そこに薄い膜でも張っているかのように。
「弟よ、どうやら魔法障壁に近いようだな」
「そうだね兄さん、だがとても強力そうだ」
ダブルジョはそれの前で荷物を降ろし、楽しそうな雰囲気を醸し出しながら分析を始める。
もちろん俺の問いかけに答えてくれるなどという優しさはない。
『結界のようだな』
宙ぶらりんになりかけた問いに答えてくれたのはベルガーン。
ダブルジョンのように楽しそうではないものの興味深げに、なんか木の上……下手をすると空まで続いていそうな結界を見上げている。
その隣に立った俺はふと思い至り、足下に落ちていた木の枝を”結界”に向けて放り投げてみた。
響いたのは「カン」という感じの硬く軽い音。
当たり前のように跳ね返された枝が地面に転がる。
なるほど、魔法障壁に近いかどうかは俺には分からないがとりあえず壁ではあるっぽい。
「これ解除とかできるのか?」
『できなくはないだろうが、時間はかかる』
ベルガーンの回答は芳しくない。
正直そりゃそうだろうなと思う。
簡単に解除できるような代物なら、これまでに派遣された調査隊がとっくの昔に攻略しているはずだ。
『貴様がやればすぐだがな』
「何でそこで俺なんだよ」
突然の俺に対するご指名。
その場にいる全員の視線が、瞬時に俺に集中した。




