第七章:その14
猛烈な勢いで迫る炎を、ダブルジョンはそれぞれ左右に跳んで回避。
そしてその後ろ、モロ炎の進路にいる俺はというと───身がすくんで動けなかった。
よく考えたら俺は「咄嗟に避ける」という挙動に慣れていない。
元の世界ではもちろん、こっちの世界でも魔法障壁やらバーニアダッシュやら”楽”をしての回避ばかり。
それで生身でダブルジョンのように素早く動くことなどできようはずがない。
そんなわけで一瞬、「よくある炎に巻かれて死ぬモブ」みたいなことになるのを覚悟した。
だが、炎は俺に届かなかった。
射線上に割り込むように俺の前に立ったウェンディ。
彼女がかざした左手の先で、炎が不可視の何かに阻まれに沿うように拡がり逸れる。
おそらくは魔法障壁を展開しているのだろう、きちんと防げているというのもわかる。
ただそれでも、まるで突然壁が出来たかのように拡がる炎の勢いに思わず身構えのけぞってしまった。
いやマジでどんな威力の火炎放射だよ。
ファイアハウンド、もしかしてけっこう強いのか。
そしてこいつらは本当に森というロケーションで出てきていいタイプの敵なのか。
そんな懸念と疑問を抱いた次の瞬間、炎の向こうから悲鳴のような鳴き声が聞こえた。
間違いなく人のものではない、獣の鳴き声。
何の鳴き声かはすぐに想像がついた。
そして視界を塞いでいた炎が消え去った瞬間に見えたのは想像通りの光景。
倒れ伏し、青黒い煙となって消えていく三匹のファイアハウンドの姿。
その傍らに立つダブルジョンは、それぞれ右手と左手が鉤爪のような形状に変形している。
”異形化”とかそんな名前の付いていそうな変化。
恐らくはあれでファイアハウンドを切り裂いたのだろう。
あいつら頭脳労働系かと思ったが、戦闘も行けるクチだったんだな。
そりゃロンズデイルも連れて来たがるわ。
「話には聞いていましたが、のっけからファイアハウンドですか……」
「私たちだけでは厳しかっただろうな」
そして背後からはそのロンズデイルと兵士たちの会話が聞こえる。
見ての通り、懸念通り、どうやらファイアハウンドはかなり強力な魔獣に分類されるらしい。
そりゃそうだよな、火力めちゃくちゃ高かったし。
あれを弱いと言われても困る。
しかも初っ端に出てきたことからもわかる通り、別にファイアハウンドがこの森のヒエラルキーの最上位とかそういう事実もない。
生息が報告されている魔獣の中でせいぜい中の上程度。
確認されていない強力な魔獣がいた場合、序列はもっと下がる。
「怖いとこに来ちまったな……」
思わずボヤきが漏れる。不安しかねぇ。
「……進みますか?」
入口付近で兵士の一人がロンズデイルにそんなお伺いを立てるような難易度。
それが”闇の森”という魔境である。
正直「これまでの探索がほとんど進まなかったのもわかる」と納得してしまう場所だ。
たった一度の戦闘で俺ですらそれが身にしみたんだから、戦闘経験豊富な人ならなおのこと実感できているのではなかろうか。
「進みましょう」
そんな空気感の中、強くその言葉を口にしたのは意外にもウェンディ。
「このように危険な魔獣の出る場所、いつまでも野放しにはしておけませんわ」
それは確かに、と思う。
”闇の森”は長年、近寄りさえしなければこれといって害のない場所だとは聞いている。
やたら近くに街道や村があるのがそれを物語っていると言えるだろう。
それでも現実問題として、魔獣たちは森の外に出て来る。
今は一定の範囲内でのみ活動しているからと言って、明日からもそうとは限らない。
どうにかできるならすべきだろうとは俺も思う。
俺たちにそれができるかと問われると、わからないが。
「お前はどう思う?」
『進むべき、という進言はできぬ。危険が多い』
ベルガーンに水を向ければ、思ったより後ろ向きな返事が返ってくる。
まあベルガーンは見た目の割に慎重なので、予想通りといえば予想通りなのだが。
というかやはりこの森に棲む魔獣はよろしくないのだろうか。
『魔獣もそうだが───ここはまだ他に何かがある』
『何がとは断言できぬが』と言いながら森の奥へと視線を移したベルガーンに、皆も倣う。
その姿が見えず声の聞こえない者たちも、俺がその言葉を伝えると静かにそちらを見た。
薄暗い森は、木々に遮られ奥まで見通すことができない。
だがベルガーンの言葉を聞いた後だと何か、酷く恐ろしい何かがいるような気になってくる。
「進むぞ」
ややあってロンズデイルが発した、短い言葉。
それが最終決定、あるいは決意となった。
俺たちは再び森の奥へ向かい歩を進めていく。




