第七章:その13
翌日早朝、めっちゃ早朝。
太陽が若干顔を出したくらいの時間帯。
俺たちは”闇の森”の入口にいた。
「眠い」
朝早いのは慣れていたはずだった。
だがこの世界に来た当初のだらけきった生活と、その後の学生的なもう少し寝坊が許される生活に順応してしまったせいでそれはもう跡形もなく消え去った。
今の俺はただの朝が弱い男である、眠い。
「じゃ、行こうか兄さん」
「そうだな、弟よ」
そんな俺の泣き言というか寝言を完全にスルーして、ダブルジョンが先行して森の中へと入っていく。
それに続き、緊張した面持ちのウェンディとヘンリーくん。
「眠いね」
そしてメアリの順番が来てようやく同意をえられ……ちょっと待て。
「お前顔色悪くないか?」
「緊張して眠れなくて」
こいつでもそんな緊張することがあるのか、意外だ。
まあ魔獣の巣みたいなところにこれから突撃するわけだし、当たり前といえば当たり前だが。
「体調悪かったら言えよ、引き返してもらおうぜ」
「タカオが言っても帰らせてもらえないもんね」
「うっせえわ」
「ウケる」
やはりどうにもメアリの調子が悪そうだと俺の調子も狂う。
最初は話していて疲れるくらいだったが、慣れてしまえば無いと寂しくなる。
慣れとは恐ろしい。
「ほら、行って」
しみじみと感じている俺を少尉が急かす。
やはり世界は俺には優しくない、少尉は特に優しくない。
「ウス」
とは言え従う他ないというか、俺が原因で待たせるのは心苦しい。
そんなこんなで何とも言えない返事とともに俺もまた森に足を踏み入れた。
森の中に踏み込んだメンバーはダブルジョン、ウェンディ、ヘンリーくん、俺、メアリ、少尉、アンナさん、あとはロンズデイルとその部下の兵士六名の順。
ベルガーンを除くと総勢十五人という人数が多いのか少ないのかはまるで知識のない俺にはわからないが、映画なんかと比較すると多いような気がする。
まあその手の映画だとだんだん減っていくんだけど……よし、怖いから考えるのをやめよう。
当たり前だが一人も脱落してほしくない。
「足下にお気をつけください」
アンナさんの言葉に、俺は下を見ながら歩く。
当然ながら道など存在せず、草に木の根に歩きにくい要素ばかりが存在していて転びそうだ。
そんな風に明らかに人の手が入っていない森の中は、外と比べ一回り以上薄暗い。
原因は木々に日光が遮られているため───だがこれは何となくだが、それだけが理由ではない気がする。
足を踏み入れた時に何か膜の中に入ったような、異世界に踏み込んだような、そんな感覚があった。
木々の合間から見える空は遠く、もしかするとそれは違う空なのではないかとすら思う。
その上得体の知れない鳴き声も聞こえてくるしでぶっちゃけ怖い。
怖いこと考えるのをやめようと思っても無理だ、そもそもこの場が怖い。
「止まって」
隣を歩いていた少尉の手が、俺の歩みを止める。
この鳴き声の主は一体どんな獣、あるいは魔獣なのだろう。
おそらくはその答えの一つが、目の前にいた。
それは俺たちの行く手を遮るように現れた、人間みたいなサイズの犬。
もしかしたら狼かも知れないが俺には区別がつかない。
黒い毛並みの間に所々真っ赤なメッシュの入った、子供の好きそうなカラーリングのそれはまず間違いなく魔獣だろうと思う。
何しろ口の端から僅かに火と、黒い煙が見えるのだ。
普通の犬や狼では絶対にそうはならないと断言できる。
それが三頭、めっちゃ唸りながらこちらを睨んでいた。
「ファイアハウンド……」
背後で、兵士の一人がそう呟いた。
どうやらこいつらはファイアハウンドというらしい。
ということは犬か……って森の中って普通火属性、出てこなくないですか?
見た目も火属性、名前も火属性。
RPGではまず森の中に出てこないタイプのそれは、当たり前のように火を吐いた。
猛火、そう表現して差し支えのないまるで火炎放射器のような炎。
それが文字通りの、口火となった。