第七章:その13
翌日早朝、めっちゃ早朝。
太陽がようやく若干顔を出したってくらいの時間帯。
俺たちは”闇の森”の入口にいた。
「眠い」
率直な感想。
元の世界でも朝は早かったし慣れていたはずなのだが、もうその慣れはもう跡形もない。
この世界に来た当初のだらけきった生活と、その後の学生的なもう少し寝坊が許される生活に順応してしまったせいだ。
今の俺はただの朝が弱い男でしかない。
超眠い。
「じゃ、行こうか兄さん」
「そうだな、弟よ」
そんな俺の泣き言というか寝言を完全にスルーして、ダブルジョンがずかずかと森の中へと入っていく。
そしてそれに緊張した面持ちのウェンディとヘンリーくんが続く。
当たり前だが、誰も俺の眠気なんぞ気にはしてくれていない。
「眠いね」
そんな中でメアリだけが俺に同調してくれる。
それが結構嬉しく「わかってくれるか」と向き直ったところで、俺は思わず眉をひそめた。
「お前顔色悪くないか?」
メアリの顔色は、俺が見てわかる程度には悪い。
それも俺のように「朝は血圧が低い」とかいう測ってすらいないなんちゃって体調不良とは違い、ガチで体調が悪そうな顔色だ。
「緊張して眠れなくて」
どうやら原因は寝不足らしいが、これ一睡もできなかったとかじゃないだろうな。
普段は緊張とは無縁そうなメアリでもこんなに緊張するのかとは思うが、これから行くのは魔獣の巣みたいなところだし不安になるのも当たり前か。
「体調悪かったら言えよ、引き返してもらおうぜ」
「タカオが言っても帰らせてもらえないもんね」
「うっせえわ」
「ウケる」
メアリの調子が悪そうだと俺の調子も狂う。
最初は話していて疲れるくらいだったが、慣れてしまえば無いと寂しく感じる程。
慣れとは恐ろしい。
そんなわけでこいつにはいつもいつまでも元気でいていただきたいと、割と心からそう思う。
「ほら、行って」
しみじみと感じている俺を少尉が急かしてくる。
やはり世界は俺には優しくなく、その中でも少尉は特に優しくない。
「ウス」
とは言えいつまでも立ち話をしているわけにもいかない。
これ以上は迷惑になってしまうというのは紛うことなき事実。
なので指示には従うほかなく、俺は何とも言えない返事とともに森に足を踏み入れた。
そうして森の中に踏み込んだメンバーはダブルジョン、ウェンディ、ヘンリーくん、俺、メアリ、少尉、アンナさん、最後にロンズデイルとその部下の兵士六名の順。
ベルガーンを除くと総勢十五人、人数として多いのか少ないのかはまるで知識のない俺にはわからない。
森での探索やら脱出を目指すような映画と比較すると多いような気はするが、映画は映画だしなあ。
まあその手の映画だとだんだん人数が減っていくので、同じだと逆に怖いし。
当たり前だが今回の探索では一人も脱落してほしくない。
「足下にお気をつけください」
アンナさんの言葉を受け、下を見ながら歩く。
当然ながら道など存在しない場所、あるのは伸びた草に木の根にと歩きにくい要素ばかり。
しかも森の中は外と比べ一回り以上薄暗いので、見づらいったらない。
ただこの暗さは、どうにも木々に日光が遮られているせいだけではない気がする。
森に足を踏み入れた時からずっと感じているひたすらに奇妙な感覚。
それはまるで膜の中にいるような、異世界に踏み込んだような……なんというか、いるだけでストレスを感じてしまう気持ちの悪さ。
木々の合間から見える空はやけに遠く感じ、もしかするとそれは違う空なのではないかとすら思ってしまう。
怖いこと考えるのをやめようと思っても無理だ、何しろこの場所自体が怖いのだから。
その上得体の知れない鳴き声も聞こえてくるしでマジで怖い、正直さっさと帰りたいと思う。
「止まって」
そんな時、隣を歩いていた少尉が俺の腕を掴む。
そしてそれとほぼ同時、何事かと考えるより先に現れたのは人間みたいなサイズの大きな犬だった。
黒い毛並みの間に所々真っ赤なメッシュの入った、子供の好きそうなカラーリングのそれはもしかすると狼なのかも知れない。
ただそこは俺には区別がつかないし、正直言ってどうでもいいとすら思う。
「あれ魔獣だよな?」
犬ないし狼の口の端に見える火と黒い煙。
それは口の中か体内に炎があることを示しているが、当然普通の獣はその状態で生きられるはずがない。
まず間違いなく魔獣……モンスターに分類されるであろう特徴を見せつけるものが三頭、めっちゃ唸りながらこちらを睨みつけてくる。
『ファイアハウンド、貴様の言う通り魔獣だ』
予想は的中。
そしてベルガーンによるとこいつらはファイアハウンドというらしい。
そしてその名前を聞いた瞬間、俺の脳裏にある疑問が浮かんだ。
───森の中って普通火属性、出てこなくないですか?
ファイアハウンドという名前はどう考えても火属性だし、見た目も火属性にしか見えない。
もはや何故姿を見た瞬間疑問に思わなかったんだろうってレベルだ。
そんなあまりにも森というロケーションに合わないモンスター。
だが当のファイアハウンドたちは「そんなことは知らん」とでも言わんばかりに、当たり前のように火を吐いた。
それも猛火と表現して差し支えのないような、まるで火炎放射器のような炎を。
そしてそれが文字通り、戦いの口火となった。




