第七章:その12
車列が晴れた街道を進む。
俺を乗せたジープのような車もその中程を走っている。
待ち合わせ時刻の十分前、貴族寮にやってきたロンズデイルの第一声は「お待たせしてしまい申し訳ありません」だった。
待ってないっていうかみんな早い。
だいたいこういうのは遅いやつが出るんだが、皆真面目だった。
ダブルジョンとか遅刻しそうだなと思ってたのに。
その後はテキパキとした指示の元各々車に分乗、さっさと出発して今に至る。
すげえスピード感だった。
それにしてもこうやって軍の車列で移動するのも久しぶりだ。
帝都にやってきた時以来……俺は帝都に入るときも出るときも軍の車列に囲まれていることになる。
今俺は後部座席に座り、隣には少尉とアンナさんという二人の美女。
気分は重要人物だ。
とはいえVIPって柄じゃないし……パッと浮かんだのは、囚人?
手錠してる自分とか、びっくりするくらい想像しやすいな。
よし、悲しくなってきたのでこの妄想はここまでにしよう。
「今日って森に直行?」
「本日は近隣の村で一泊することになっています」
問いに答えてくれたのはアンナさん。
俺は予定も何も聞いてないが、彼女たちには共有されているらしい。
現在別の車両に乗っている学生連中も知ってるのだろうか。
知ってたら俺だけ仲間外れということになる、悲しい。
思考を、思考を切り替えよう。
そう強く決意した俺は、近隣の村ってどんな場所だろうと思いを巡らせる。
俺がこれまで滞在した場所はオーレスコとオルテュス、どちらも規模の大きな都市だ。
小さな村とか見たことがないし、何なら二都市も中心部くらいしか知らない。
なのでけっこう楽しみだ。
よし、ようやくテンション上がってきた。
そして走ることおよそ二、三時間。
途中二度の休憩を挟み、俺たちはその村へと到着した。
学園からはかなりの距離、やはり帝国は広い。
おかげさまでさすがにテンションは持たなかった。
そんなこんなで到着した村は石造りの家がぽつぽつと建ち並ぶ、俺が期待した通りのゲームで見るような村。
小川では水車が回ってたりもする。
のどか、この村を表現する言葉としてはそれが適切だろう。
「それにしても近いね、兄さん」
「地図で見るより余程近いな、弟よ」
ただ気になるのは”闇の森”の近さ。
ダブルジョンの会話を聞いて知ったのだが、肉眼でも見える位置にあるあの森が俺たちの目的地、”闇の森”だったらしい。
森が見える、のどかだな程度に思っていたら物騒な森だったことが判明した時の俺の気持ちを述べよ。
というかマジで近すぎやしないだろうか。
直線距離でせいぜい二キロ程度。
森の外まで魔獣が出張ってくるという話があったはずだが、村人の警戒感もやけに薄い。
俺の世界であのくらいの距離に熊が出たら大騒ぎだ、学校とか余裕で集団登下校になる。
「この場所までは魔獣もやって来ないという話です」
「何故に」
アンナさんの説明に俺は首を傾げた。
いやいいことなんだが、魔獣の行動範囲ってそんなに狭いのか。
「そのあたりを含めて謎の多い場所、ということになります」
そういえば何度も調査隊が送られてるし、命知らずの冒険者たちも入り込んでるって話だったな。
にもかかわらず未だに全容すら把握できてない、という時点でけっこうヤバい場所なのだろう。
そんな場所にこれから俺は行かなければならないのか。
傍らで相変わらず腕を組み、”闇の森”の方角を見つめているベルガーン。
俺はそこにいつも通り「お前だけ行ってくれない?」という言葉をかけようとして、やめた。
返事がわかっているというのもそうだが、学生たちがついていくのに俺だけこの村で待機とかになったらむしろ不安で精神が参る気がする。
何しろメアリまでもが付き合わされているのだから。
俺がいたところで何ができるとも思わないが、今更ついていかないと言い出すことはどうしても言えない。
「大したことない場所であってほしいなあ」
あとは、そう祈るのみ。
だが誰にともなく呟いた言葉が真になることはないだろう。
そんな予感を強く感じながら、俺はしばらくの間静かに”闇の森”を見つめていた