第一章:その12
結局その日は魔獣による襲撃のおかわりはなし。
とはいえ結局早々に撤収することが決定され、また襲撃に対する警戒が強められたこともありテントの外では夜になっても人々が慌ただしく走り回っていた。
そんな状況では俺だって不安になる。
結局眠りは浅くなり、翌日も随分と早い時間に目覚めてしまった。
まあ前日良く寝たから寝不足感はないんだが。
そして日が変わっても兵士たちが慌ただしく動き回るという状況は変わらず。
それを眺めながら一人優雅にコーヒーらしきものを飲む、というのはどうも俺には耐えられないシチュエーションだったらしい。
「何か手伝えることってないです?」
なので朝御飯をご馳走になったあと、偶然通りかかった少尉にそんなことを聞いてみた。
ちなみに彼女はこれからご飯を食べて仮眠を取るところ……昨晩は寝ずに待機していたらしく、微妙に煩わしそうな顔をされた。
すいません、そしてお疲れ様ですマジで。
「学者さんたちの片付けでも手伝ったら?」
当然ながら俺に手伝える少尉の仕事など何もなく、雑に提案されたのはこれ。
言われた時俺はさぞかし微妙な顔をしていたことだろう、何しろ少尉が俺の顔を見て吹き出していたくらいだ。
別に片付けの手伝いをやりたくないとかそういうのではない、学者連中に会うのが怖いのだ。
とはいえ手伝いたいと言った手前「やっぱりやめます」などと言えるわけがない。
結局俺は若干重い足取りで考古学者連中のところに向かうこととなった。
向かった先は城跡の中。
学者連中はそこで機材を撤収しつつ、可能な限り写真やデータを収集するという慌ただしい追込業務をこなしていた。
ここが彼らにとっての戦場なのだろうということを思い知らされる、鬼気迫る雰囲気。
それに若干気圧され、そして昨日のトラウマを刺激されながら、俺は意を決して彼らに向けて声をかける。
「あの、何か手伝いましょうか?」
瞬間、学者たちが一様にギラついた目でこちらを向いた。
ビクッてなった、率直に言って怖い。
来るんじゃなかったという言葉が脳内で激しく自己主張している。
「そうか、すまんのお」
だが俺の耳に届いたのは、柔らかで優しげな礼の言葉。
気づけば先程俺が見た光景は幻覚だとでも言うように、学者連中は恵比寿様もかくやという柔和な笑顔を浮かべてこちらを見ている。
ホラー映画のワンシーンでありそうな演出だなと思った。
とはいえ実際のところ、彼らはまさしく猫の手も借りたい状態だったらしい。
機材の片付けこそある程度の目処が立っているものの、最後に調べておきたい箇所は際限なく存在する。
全てを調べるのはもはや不可能だがギリギリまで、できる限りのことをしていきたいという気持ちはわからなくもない。
何しろ家を売ってまで同行してきた奴もいるという話だ。
そんなのが何人いるかはさすがに知らないが、そりゃ鬼気迫る雰囲気にもなろうというものだ。
さらに言えば、砂漠という環境は力仕事をするには暑すぎ……いやもう熱すぎると言っていいほどだろう。
しんどい、ただひたすらにしんどい。
体力は人並みにあると思っていたんだが、もしかすると気のせいだったのかも知れないと思う程度には喉が渇くし体力も尽きる。
そして当然それは俺だけでの話ではなく、兵士も含めこの作業に関わっている者は全員何か一つ終えるごとに……何なら途中でもちょくちょく休憩を挟んでいる。
時間がかかるのもやむを得ない。
というかぶっ続けで作業したら普通に死ぬよなこれ。
「なんか発見ありました?」
そして俺が学者連中にそんな他愛のない、興味本位の雑談を振ったのはそんな水分補給中のこと。
「実はのぅ!」
勢いよく食いついてきたのは面談で俺に脱げと要求してきたドワーフのおっさん。
忘れたくても忘れられんわあの言動と目、今は別人みたいににこやかだが。
誰かに言いたくて言いたくて仕方なかったんだろうなという予感……いやもう確信がある。
「この城は約四千年前の建造物であることがわかったんじゃ!」
四千年前。
ちらりとベルガーンの方を見る。
その顔に浮かんていたのはなんとも表現しづらい表情。
驚きというほどではないが『そんなにか』とは思っていそうとかそんな感じ。
おっさんは建築様式がどうの、使われている建材がどうのと熱く語り続ける。
正直俺には何を言ってるのかさっぱり理解できなかったが、ベルガーンは興味深げに頷きながら聞いていたので俺もずっと聞かざるをえない。
そして非ッ常に残念なことに、おっさんの話は長かった。
何しろ休憩が終わり、作業を再開し、また休憩を挟んでもまだ続いたのだから。
「……という訳なんじゃ」
「そうなんですね」
連中の恐ろしいところは、喋りながらでも一切手が止まらないことだろう。
素早く荷物をまとめ、持ち上げ、俺に一部押し付け、早歩きしながら語る。
正直これはもう特殊技能なんじゃなかろうかと思う。
「いやあ助かったわい!すまんのぉ!」
結局おっさんの話が終わったのは片付けがほぼほぼ終了した頃。
その感謝は果たして話を聞いたことに関してかそれとも手伝ったことに関してか、あるいは両方か。
いずれにしても満面の笑みで感謝の言葉を投げかけられ、労働からも話し相手からも解放された俺は……気付けばペットボトル片手に誰もいない城内を歩いていた。
学者連中は、あとは時間の許す限り調査するという作業を残すのみ。
俺に手伝える作業はもう残っていない。
「この城って、何か面白い部屋とかないのか?」
『面白い部屋とはどういうものか言ってみろ』
ぐうの音も出ない。
「おいしいものが食べたい」くらいはっきりしない要望だった。
「それにしてもお前、四千年前の魔王だったんだな」
『それに関しては余も驚いた』
学者連中と話してわかったのは、ベルガーンにとってもこの世界は異世界じみた場所だろうということ。
何しろこいつが生きた時代は現在からおよそ四千年前、居城が廃墟とはいえその形を残していたのがもはや奇跡と言っていいレベルで太古の昔。
俺の元の世界だと……たぶん縄文時代とかだろうか、いずれにしてもだいたい土の下から出てくる文明だよな。
『四千年で変わったもの、変わらんものを知るのもなかなかに楽しいぞ?』
俺の抱いた同情じみた感情を察したのか、ベルガーンがそんな事を言う。
まるで強がりのようだったが、実際楽しんでいる面があるのは確かだろう。
銃とか車とか、結構興味津々し眺めてるしな。
何であれ悲壮感がないのはいいことだろう……俺が言うことでもない気がするが。
そうしてあれこれと話しながらやってきたのは最初に白銀の騎士……少尉の戦いを観戦した部屋。
窓から地上が見渡せる部屋だ。
あの時は完全にエンタメを見る気分で戦いを見てたな、と思う。
今はもう心配が勝つようになってしまった。
『何だ……?』
窓の外を見つめていたベルガーンが不意に漏らした怪訝な声。
「どうした?」
それにつられて、何があったのかと俺も窓の外を覗く。
視界には一面に広がる何もない砂漠と、激しく自己主張する太陽。
特に何も変わったところはないのでは───そう思いかけた俺は、あるものに気付いた。
遥か彼方で、大量の砂が舞い上がっている。
それも嵐でも起こっているのかと思うほどの広範囲で、だ。
魔法によって強化された目でもその正体は見えず、ただこの場所……アルタリオンに近づいてきているということがわかるのみ。
ただ俺は、猛烈に嫌な予感がした。




