第七章:その10
───行きたくない。
今俺の脳内の六割くらいはこの言葉で占められているのではなかろうか。
「あそこで断れなかったら、後で断るとか無理じゃない?」
部屋を出た直後に少尉から放たれたのは、やたらと殺傷能力の高い言葉のナイフ。
なんて鋭さだ、死ぬかと思った。
「俺もそう思う……」
とはいえ実際、返事は決まってるのに先延ばししたとかいう微妙極まる話でしかない。
別に断っても文句は言われないだろうとは思う。
思うが、俺はああいうのを断るのが苦手だ。
宗教の勧誘や携帯キャリアの乗り換えも断るのに苦労した経験がある、筋金入りの断り下手だ。
特に今回は「ペルガーンが行きたがってるし」とか「ロンズデイルには世話になったし」とか、承諾する理由ばっかり浮かぶ。
断り方の方は全く浮かばない。
「え、タカオめっちゃ落ち込んでるんだけど。ウケる」
少しもウケねえよ。
というわけで、微妙に悶々とした気持ちの俺を出迎えたのはそんな心無い言葉だった。
涙が出そうだ。
俺に優しくしてくれる奴はどこにもいないのか。
「お話とは何でしたの?」
ウェンディを筆頭に、興味津々といった様子の学生たちに先程の話について伝える。
言ってから気付いたが、言って大丈夫だったんだろうか。
特に何も言われてはないけど守秘義務とかあったらどうしよう。
「ホソダさん!私も連れて行っていただけませんか!?」
「なんでだよ」
説明が終わった瞬間、ウェンディが目を輝かせながらそう言ってきた。
想定とは違う方面で大丈夫じゃなさそうだ、どうしよう。
というか完全に俺が行く前提で話を進めるな。
否定できないのがまた腹立つ。
「”闇の森”といえば帝国にいまだ残る不可思議領域!学園七不思議部部長としてはやはり探検いたしませんと!」
これ言ったほうが良いのか。
何をどう考えても学園外だろって言ったほうが良いのか。
一応言っとくか。
「どう考えても学園外───」
「誤差の範囲ですわ!」
誤差の範囲らしい。
随分と許容範囲が広いな、ガバガバか。
「何日かかるかもわからないのに、学園サボる気か?」
やむを得ず俺は方向性を変えた。
いかにウェンディといえどお嬢様はお嬢様、学園をサボるのは不味かろう。
さすがにこれで諦めて───
「学外での活動は、内容に応じて単位が出る仕組みがあるのでご心配には及びません」
ご心配には及ばないらしい。
ウェンディによれば学園外で軍や貴族が行う活動に同行、従事する場合別途で単位が出るシステムが存在するらしい。
無論先方の許可や事前申請などは必要になるが、経験の場として有用であることなどから学園側からも推奨されており、利用する者は多いとのことである。
ちなみにできの悪い有力者のボンボンを楽に卒業させるためにもよく使われるらしい。
思いっきり不正じゃねえか。
「ロンズデイルに……聞いてくれ……」
ことここに至っては、もう俺はそう言う他なかった。
正直もう断る理由が浮かばない。
危険であると説こうかと思ったが、ウェンディは俺よりはるかに強いし。
「わかりました!」
やはり俺は、筋金入りの断り下手らしい。
拳を握り目を輝かせ、とてもいい笑顔でそう返事をするウェンディを眺めながら、俺は何とも言えない半笑いを浮かべていた。
そしてこの瞬間、俺の同行も確定した。